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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)193号 判決

一審原告 野中義民 外二六名

一審被告 三菱重工業株式会社

主文

一  一審原告ら、及び一審被告の本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用のうち、一審原告らに生じたものは、同原告らの、一審被告に生じたものは、一審被告の、各負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

一審原告ら

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告は一審原告らに対し、別紙請求金目録記載の金員及びこれに対する昭和四八年一〇月三日から支払済みに至るまで年六分の割合による各金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

一審被告

1  原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

当事者双方

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張及び証拠の関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  竹内光美の訴えの取り下げにより、

原判決八枚目裏三行目、同一三枚目表一〇、一一行目、同一六枚目裏七行目から八行目にかけての「(1)ないし(28)」とあるのを「(1)ないし(24)、(26)ないし(28)」と、各改め、同一二枚目裏四行目の「別図1ないし8のとおり」、同一三枚目表二行目、同一七枚目表八行目の「別表二の(1)ないし(6)」、同一五枚目裏六行目の「別表二の(3)」、同末行の「別表二の(5)」の次に「(但し、いずれも竹内光美関係部分を除く。)」を各加え、同一二枚目裏九行目、同一四枚目裏五行目、同一六枚目表五行目の「同竹内、」、同七行目の「、同竹内」、及び同二二枚目表初行の「同竹内光美、」、及び別表三ないし六の竹内光美関係部分を、各削る。

二  請求原因(原判決二枚目裏三行目から同一六枚目裏一二行目まで)について

「作業工具」とあるのを、全て「治工具」と、同五枚目表一二行目の「材料」とあるのを「副資材」と、各改め、同裏一二行目の「着脱、格納、保管」の次に「(治工具については、受け出し、返納、交換を含む)」を、同八枚目裏一二行目の「休憩時間」の前に「権利として保障された」を各加え、同一二枚目表一二行目の「賃金が支払われるべき」とあるのを「賃金を支払うべき」と、同裏七行目の「更衣所」とあるのを「控所(更衣所)」と、各改め、同九行目から一〇行目にかけての「造機部門では」の次に「一審原告野中、同長谷川、同栗原、同城谷、同木山、同小林、同増田は更衣所で、」を加え、同一〇行目の「同久保田のみは」とあるのを「同久保田、同草野は」と、同一一行目の「作業場」とあるのを「作業場(更衣所)」と、同一三枚目表一〇行目の「(6)(21)(25)については各その一」とあるのを「(6)(21)についてはその1」と、各改め、同一三枚目表三行目の「着脱、格納、保管」の次に「(治工具については、受け出し、返納、交換を含む)」を加える。

別表一の(2)、同二の(1)ないし(3)、(5)、同三の(23)、及び別図7、8を別紙のとおり改める。

三  請求原因に対する認否及び一審被告の主張(原判決一六枚目裏末行から同四一枚目表八行目まで)について

同二一枚目裏九行目の「本村修治」とあるのを「本村秀治」と、同二五枚目表一〇行目の「折から」とあるのを「折りから」と、各改める。

同三三枚目裏二行目の次に改行の上

「(4) なお、原判決は、労働基準法三二条の対象となる労働時間について、使用者の指揮監督下に労務を提供している時間で、右労務の提供のうちには本来の作業のほか、その作業を遂行するため必要不可欠ないし不可分の行為も含まれるとしているが、その労働時間に含まれるか否かの判断においては、必要不可欠ないし不可分の行為なら即使用者の指揮監督下にあるという態度で、指揮監督下にあることに対する判断を脱漏しており、また、必要不可欠ないし不可分の行為とそうでない行為との区別も曖昧であり、その尺度としての有用性も疑わしい。」を、

同三六枚目表一一行目の次に改行の上

「(四) わが国の基幹産業における始終業時刻の実態

わが国の造船、自動車、輸送機器、電機、化学、鉄鋼、機械等の大手製造業の多くにおいては、「時間から時間まで労働する」という一審被告と同様の始終業基準を規定しており、実態としても一審被告と同様に労使間の私的自治の分野として始終業管理を行っている。つまり、一審被告の始終業管理は、わが国の労働慣行ともなっているものであって、合理的なものである。」を、各加える。

四  一審被告の主張に対する一審原告らの反論(原判決四一枚目表九行目から同四六枚目表三行目まで)について

同四二枚目表初行の「いうべきである」とあるのを「言うべきである」と改め、同九行目の次に改行の上

「3 昭和四六年末以前の労働契約ないし労使慣行について労働組合と一審被告会社との間で、それまで職札場位置の変更、入浴場問題等が、いずれも労働協約の解釈・運用をめぐって協議されてきたが、その基本となる考え方は戦前戦後を通じて「会社の汚れは会社で落として帰る」という原則である。「会社で落として帰る」が「時間内」をさすことはいうまでもない。一審被告会社が主張している昭和二八年六、七月は、会社が持ち出した「時間励行能率増進運動」の「強調月間」というもので、レッド・パージなど占領政策により労働組合が弱体化した隙に、それまでの数十年にわたる職場慣行の大幅な改悪を狙ったものである。ただ、その六・七月合意にしても、それはなお入浴(更衣を含む)の所要時間からして時間内入浴を前提とするものであった。また、午後四時五分開門は、戦前の職工(工員)就業規則には規定があったが、戦後の民主化と労働基準法の制定により、始終業時をこえる、しかも工員だけを差別していたこの規制は撤廃され、遅刻早退の認定基準にもなっていない。

前記合意は、その直後の昭和二八年一〇月には生産委員会で改善の交渉が開始され、「汚れ落としの件」については、その上位機関である経営協議会で、昭和三〇年九月一三日に、一審被告会社の提案で「終業時間後一〇分出門を基準に、各職場で汚れ落とし時間の設定に入る」ことが合意されたが、その設定に社船発船時間が関係していることから、その改善が要求され、昭和三二年五月に発船時間が五分繰り上げられたことでほぼ全所的にその設定をみた。社船発船時間は、更に昭和三六年四月に五分繰り上げられたが、その際、一審被告会社からその主張する作業止め時間の具体的基準についての提案があったものの、現場の実態を無視した机上の作文であり、まじめに検討すべき対象でさえなかった。」を加える。

同一〇行目の冒頭に「3」と、同四五枚目表八行目の冒頭に「4」とあるのを、それぞれ「4」、「5」と、同裏五行目の「1日当たり」とあるのを「一日当たり」と、同八行目の「越えて」とあるのを「超えて」と、同四三枚目裏九行目の「作業工具」とあるのを「治工具」と、各改める。同四五枚目表一一行目の「許されるべきではなく、」の次に「仮に多数組合との間で合意があったとしても、」を、同裏一〇行目の次に改行の上

「 また、一審被告の主張する画一的、統一的実施には何らの合理性はなく、むしろ、複数組合が存在する場合、労働時間、賃金等重要な規範的労働条件について、異なる取扱いをする事例はある(例えば、組合毎に賃金増額交渉が妥結するまでその実施が見送られる)し、一審原告らが所属していた長船労組との労使交渉の経緯について事実に反する部分がある。」を、各加える。

五  証拠関係について〈省略〉

理由

一  当裁判所は、一審原告らの請求は、原判決の限度で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四六枚目裏九行目の「認められる第四七号証」とあるのを「認められる甲第四七号証」と改め、同一〇行目の「第五六号証、」の次に「第九〇号証、第九一号証、」を加え、同四八枚目表二行目の「定時後一〇分」とあるのを「定時後二〇分」と、同八行目から九行目にかけての「汚れ落としは作業時間内に行うという」とあるのを「汚れ落としをして定時後一〇分に出門できる」と、各改め、同四九枚目表七行目の末尾に「これに対して労働組合は、発船を二〇分にするという前提ならその他のことは協力したい旨を解答した。」を加える。

2  同五一枚目表末行の「被告会社は、」の次に「昭和四二年一一月、昭和四五年一一月に、」を、同裏六行目の「第八九号証、」の次に「第三九二号証の二・第三九七号証の二、三(原本の存在とも)、」を、各加え、同五二枚目表初行の「甲第二〇号証」とあるのを「甲第一〇号証、第一一号証、第二〇号証」と、同行の「乙第五九号証、第六〇号証、」とあるのを「乙」と、同五四枚目表一二行目の「前記二(1)のとおり」とあるのを「前記(二)(1)のとおり」と、同五五枚目表一一行目の「約一五分以内」とあるのを「約一五分以上」と、同五六枚目裏一一行目の「ロックアアウト」とあるのを「ロックアウト」と、同五八枚目表六行目の「岸壁作業者」とあるのを「岸壁作業者等」と、各改める。

3  同六一枚目裏六行目の「別表一の(1)(2)」及び「別図1ないし8」の次に「(但し、竹内光美関係分を除く。)」を各加え、同八行目の「作業工具」とあるのを「治工具」と改め(なお、原判決理由説示中の全ての「作業工具」についても同様に改める。)、同一〇行目の「同竹内、」を削り、同一〇行目から一一行目にかけての「造機部内では」の次に「一審原告野中、同長谷川、同栗原、同城谷、同木山、同小林、同増田は更衣所で、」を加え、同一一行目の「同久保田のみは」とあるのを「同久保田、同草野は」と、同一二行目の「作業場」とあるのを「作業場(更衣所)」と、各改め、同六二枚目表初行の「第二二八号証の各一、」の次に「第三一七号証の一、」を、同四行目の「本人尋問の結果」の次に「(第一、二回)並びに弁論の全趣旨」を、各加え、同七行目の「作業工具等の着脱、格納・保管、」とあるのを「治工具等の受出し、着脱、格納・保管、返還・交換、」と、同七行目から八行目にかけての「材料」とあるのを「副資材」と、同裏初行から二行目にかけての「別紙三の(1)ないし(28)(但し、(6)(21)(25)については各その2)記載のとおりである。」とあるのを「別紙三の(1)ないし(24)(26)ないし(28)(但し、(6)(21)についてはその2)記載のとおりである(」と、同六三枚目裏一二行目の「開始す」とあるのを「開始する」と、各改める。

4  同六四枚目表末行の「これを懈怠した労務の提供を」とあるのを「これを懈怠した場合就労を」と改め、同裏九行目の「書き込み部分」の次に「及び訂正部分」を、同九行目から一〇行目にかけての「第一三五号証の四、」の次に「第二九五号証ないし第二九八号証、第三〇一号証の一ないし三、」を、同六五枚目表五行目の「別表二の(1)」の次に「(但し、竹内光美関係分を除く。)」を、各加え、同裏末行の「原告らの右行為は労務の提供とはいえず」とあるのを「一審原告らは、一審被告会社の指揮監督下にある訳ではなく」と、同六六枚目表一〇行目の「この義務の履行」とあるのを「使用者の義務の履行としての明示的または黙示的指示」と、同裏二行目の「業務」とあるのを「使用者の負う義務」と、各改め、同表九行目の「義務の遂行」の前に「使用者の負う」を、同六七枚目裏二行目の末尾に「また、構内道路H棟付近における出勤状況の写真であることに争いのない乙第一二一号証の一三、一五によれば、作業服で通勤している者がいることは認められるが、それは義務付けられる性格のものではなく、労働者が労働時間内に行える更衣を任意にその時間外に行っただけであって、例外的な場合であり、右の結論に何ら影響するものではない。」を、同六八枚目裏末行の次に改行の上

「キ 一審被告は、わが国の造船、自動車等の大手製造業の多くにおいては、一審被告と同様の始終業基準を規定しており、実態としても一審被告と同様に労使間の私的自治の分野として始終業管理を行っており、一審被告の始終業管理は、わが国の労働慣行ともなっているものであって、合理的なものであるとも主張する。確かに、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九四号証の一ないし四、第九五号証、第九六、第九七号証の各一、二、第九八ないし第一一二号証、第一一三号証の一、二、第一一四ないし第一一九号証によれば、わが国の造船、自動車等の大手製造業の多くにおいて一審被告の主張に副う始終業基準を規定していることが認められる。しかしながら、一審原告らが行った作業服への更衣、安全衛生保護具等の装着は、前記のとおり使用者による装着の義務付けやこれを懈怠した場合の不利益を伴っており、労働基準法上の労働時間に含まれると解すべきであるから、労使間の私的自治で解決されるべき問題ではない。

従って、一審被告の右主張は採用できない。」を、加える。

5  同六九枚目裏一二行目、同七〇枚目表初行、五行目、六行目、八行目、九行目、一一行目、一二行目の「材料」とあるのを「副資材」と、同七行目の「材料庫等に行くとすれば」とあるのを「材料庫等に行くことは」と、各改め、同七一枚目表一〇行目の末尾に「一審原告らは、単に作業場で労働から開放されても、完全な休憩の享受などできず、午前の終業ないし休憩時間の開始とは、労働者が喫食を含む昼休みの自由利用のため必要最小限の安全衛生保護具等を脱離・保管し、手洗を所定の場所で完了した時点であると主張するが、労働者は、休憩時間を自由に利用できるのであるから、労働から開放された場所が喫食を含む休憩に適当でなければ、自らの判断で適宜な場所に移動し、適宜な状態でその時間を有効に利用すれば足りるのである。」を加え、同七二枚目裏七行目から八行目にかけての「前記(一)2」とあるのを「前記(一)(2)」と改める。

6  同七五枚目表四行目の「材料」とあるのを「副資材」と、七行目の「別紙五の(1)ないし(28)」とあるのを「別紙五の(1)ないし(24)(26)ないし(28)」と、同七六枚目表七行目から同裏初行までを「そして、労働基準法上の労働時間に該当する前記諸行為を、就業規則及び賃金規則において、労働時間として取り扱わないことが許されないことは前記のとおりであり、一審原告らと一審被告との間の労働契約上も労働時間に該当すれば賃金を支払うのは当然のことであって、前記諸行為が、本来の作業の遂行上必要不可欠ないし不可分の行為で、使用者の指揮監督下における労務の提供と解される以上、前記就業規則及び賃金規則の始終業時刻もそれを含む趣旨に合理的に修正されるべきであるから、一審原告らは一審被告に対して結果的に所定労働時間を越えて労働に従事した分について未払賃金の請求ができるものというべきである。」と、同裏三行目の「別紙六の(1)ないし(28)」とあるのを「別紙六の(1)ないし(24)(26)ないし(28)」と、各改める。

7  同七七枚目裏五行目の「証人苑田敬助」の前に「原本の存在及び成立に争いのない甲第三一四、第三一五号証の各一、二、第三一六号証、第三一七号証の一、二、第三一八ないし第三二八号証、第三二九号証の一ないし四、第三三〇号証、」を、同九行目の「これに反する」の次に「前掲甲号各証及び」を、同七九枚目裏九行目から一〇行目にかけての「昭和四六年未までは」の次に「、まず作業場で粗洗いをし、帳簿等の記入をした後、」を、同一一行目の「昭和四七年一月以降は」の次に「粗洗い等をした後、」を、各加え、同八〇枚目表四行目の「一〇分後」とあるのを「一〇分以後」と、同七行目の「三三号証の一ないし三一」とあるのを「三三号証の一ないし一九、二一ないし三一」と、各改め、同八二枚目裏六行目の「甲第三号証」の前に「弁論の全趣旨により成立の認められる」を加え、同八四枚目裏五行目の「支払われいた」を「支払われていた」と改める。

二  以上のとおりであって、原判決は相当であり、一審原告ら、及び一審被告の本件控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 足立昭二 有吉一郎 奥田正昭)

一審原告目録、請求金目録、別表及び別図各省略

参考

原審判決引用部分を組み込んだ本控訴審判決の事実及び理由

(注) 原審判決が、本控訴審判決により付加訂正されている部分はサイドラインを、削除されている部分には(※)を付した。

なお、当事者の表記は、本控訴審判決において訂正している部分を除き、原審判決の表記のままとした。

事実

第一当事者の求める裁判〈省略〉

第二当事者の主張

一 請求原因

1 当事者

被告は、昭和四八年六月当時肩書地に本社を、長崎・下関・広島・神戸・名古屋・横浜その他の地区に一三の事業所を有し、船舶・各種機械等の製造修理等を行っていた株式会社であり、原告らはいずれも当時被告会社長崎造船所の従業員で、かつ三菱重工長崎造船労働組合(以下「長船労組」という。)の組合員であったものである。

2 昭和四六年末以前の原被告間の労働契約関係

(一) 被告会社長崎造船所における原告らの労働時間の起終点については就業規則上は午前、午後の労働時間の始期・終期、休憩時間の始期・終期が時刻をもって表示されるのみで、どのような行為と状態をもって起終点とするかについては労働基準法に違反しない範囲で、被告会社と労働組合との間の労使交渉とこれに基づく慣行に委ねられてきた。

(二) 昭和四六年末ころまで被告会社長崎造船所において労使交渉及び慣行によって確立されていた労働時間の起終点の基準は次のとおりであった。

(1) 午前の始業

各所定時刻(当時は午前八時または午前九時)までに各職場の入口または控所付近に設置されたタイム・レコーダーを打刻して出社すれば通常出勤扱いとなり、タイム・レコーダー打刻後に更衣所に赴き、作業服への更衣・安全衛生保護具や治工具の装着後作業場に向かっていた。

(2) 午前の終業

現場部門では更衣所等の所定の場所で最小限の安全衛生保護具等を脱いで格納し、手洗の後所定時刻(午前一二時)に所定の食堂で喫食を、事務部門では手洗の後所定時刻である午前一二時に所定の食堂または事務所の自席で喫食をそれぞれ開始できるように作業を止める。

(3) 午後の始業

造船現場部門では、所定時刻である午後一時に更衣所付近でラジオ体操を開始し、ラジオ体操終了後更衣所で喫食前に脱いで格納した最小限の安全衛生保護具等を装着して作業場に、或いは午後一時から更衣所において喫食前に脱いでいた最小限の安全衛生保護具等を装着した後更衣所付近の戸外でラジオ体操を行って作業場に向かい、その他の部門の従業員は所定時刻である午後一時に食堂等を離れて作業場に向かっていた。

(4) 午後の終業

所定時刻(当時は午後四時または午後五時)以降にタイム・レコーダーを打刻して退社すれば通常退社扱いとされていた。

そして、労使間の団体交渉や経営協議会の協議と合意に基づき、一般に各通用門を出門する目安を所定時刻後一〇分とし、通勤用社船の発船時刻を所定時刻後二〇分としていた。

これに合わせて、現場の造船部門においては、所定時刻一〇分前には入浴開始、遅くとも控所到着、造機部門においては、所定時刻一〇分前には後始末、掃除などを終えて作業場を離れることとし、これらの基準は「作業止め時間」と呼ばれ、労使間の団体交渉や経営協議会等で協議のうえ合意され、慣行となっていた。

また更衣所における安全衛生保護具等の脱離・格納保管、作業服の脱衣保管、手洗、洗面、入浴、通勤服への更衣等の諸行為はタイム・レコーダー打刻前になされていた。

3 被告会社による労働時間の不利益変更

(一) 被告会社は、昭和四六年に至り、原告らが所属していた長船労組に対し、昭和四七年一月一日から次のような「始終業基準」及び「勤怠把握基準」を定立したい旨の提案をした。

(1) 始終業基準

始業前    始業に間に合うよう更衣などを完了し、作業場に到着する。

始業     所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

午前の終業  所定の終業時刻に実作業を中止し、その後食堂、休憩所へ向かう。

午後の始業前 午後の始業に間に合うよう遊戯などをやめて作業場に到着する。

午後の始業  所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

終業     所定の終業時刻に実作業を終了する。

終業後    手洗、洗面、入浴、更衣などを行う。

残業時    右記各項に準ずる。

(注)

1 管理、設計部門においても、この基準に準じて運営する。

2 船内作業者(沖係留船を除く。)については「船」を作業場とする。従って、作業場到着とは乗船を完了することをいい、終業時に実作業を終了し作業場を離れるとは下船を開始することをいう。

3 用語の定義は次のとおりとする。

(1) 実作業    始業付帯作業、本作業および終業付帯作業。

(2) 始業付帯作業 準備体操、朝礼、動力源、冶工具、副資材等の段取、図面・作業指示書等の点検、機械装置の注油・点検およびならし運転等の作業。

(3) 本作業    本来の作業。

(4) 終業付帯作業 製品・部品の整理・防錆その他保全処置、機械装置・運搬車両等の停止・火止め・点検整備、冶工具・計測具等の整理、残材の回収・整理等の作業。

(2) 始終業の勤怠把握基準

始終業の勤怠は、更衣をすませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する。

(二) 右新始終業基準は従来労働時間内に行われていた作業服、安全衛生保護具、治工具等の着脱、格納、保管(治工具については、受け出し、返納、交換を含む)、手洗、洗面、入浴等の行為やタイム・レコーダー設置場所から更衣所を経て作業場に至る往復の歩行時間を労働時間外に押し出すとともに、従来実質一時間享受していた昼の休憩時間を目減りさせるものであった。

被告会社の右提案について長船労組は強行法規たる労働基準法に違反するとしてこれに同意せず、被告会社との団体交渉は妥結するに至らず、継続交渉となって現在に至っている。

(三) 然るに、被告会社は、昭和四八年四月一日付並びに同年六月一日付の就業規則変更において同規則の一部として右提案にかかる新始終業基準及び新勤怠把握基準を挿入し、かつ新始終業基準を制度的に確保するため従来のタイム・レコーダーによる勤怠把握に替えて始終業時に所定の場所(実際には始業時は作業場ではなく準備体操場となった。)にいるか否かを職制が確認するいわゆる「面着制」を導入するなど、労働条件の一方的な不利益変更を行い(但し、タイム・レコーダーは同年五月末日まで存続したので、右変更が全面的に実施されたのは同年六月一日からである。)、通勤用社船も帰りの発船時刻を一〇分も遅らせるなど、これを一方的に変更した。

4 被告会社の一方的な就業規則の変更は労働基準法に違反して無効である。すなわち、

(一) 労働基準法上の労働時間は、労働者が使用者から明示または指示により、その指揮命令下に労務を提供している時間であると解され、それは労働者保護のための強行法規たる同法の性質上使用者の主観的意図や慣行、労使協定により左右されない客観的なものである。

そして、労働基準法上の労働時間の起終点とその根拠については次のとおりである。

(二) 午前の始業

(1) 労働基準法上の労働時間は基本的には入門から退門までと解され、原告らは入門時刻から退門時刻までの賃金支払請求権を有するところ、本件においては、タイム・レコーダーの廃止をめぐる労使間の紛争であったという歴史的経過を考慮して、労働時間の起点はかつてタイム・レコーダーが設置されていた場所とし、右起点以後に行っていた行為で、本件就業規則の変更によって始業時刻以前になすことを余儀なくされた行為に要した時間について賃金を請求するものである。

(2) 仮に、入門が労働基準法上の労働時間の起点ではないとしても、少なくとも入門後更衣等をなすことは右労働時間の起点というべきである。

ア 労働基準法上の労働時間は労働者が使用者の指揮命令下に労務の提供をしている時間であるが、その労務の提供のうちには本来の作業に当たらなくとも、法令、就業規則、または職務命令等によって労働者が労務の提供を開始するに当たって義務付けられ、これを懈怠したときは不利益な取り扱いを受けることから、必要不可欠ないし不可分の準備行為とされているものも含まれるというべきである。

つまり、労働者が従事する作業の性質如何によっては、法令により業務上の災害防止の見地から作業服及び安全衛生保護具等の装着が義務付けられている場合があり(労働安全衛生法四条、二六条、同規則一〇五条、一一〇条、五二〇条、五五八条、五九七条等)、これらの装着は本来の作業を遂行するため必要不可欠な準備行為であるから、それは使用者の指揮命令下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間は労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。また使用者が労働契約上の安全配慮義務を尽くすため作業上の安全確保の見地から作業服及び安全衛生保護具等の装着を就業規則等で労働者に義務付け、或いは使用者が作業能率の向上、生産性の向上、職場秩序の維持など経営管理上の見地から労働者に作業服・安全衛生保護具等の装着を義務付け、これを懈怠した労務の提供を拒否して不利益を課す場合もあるが、このような場合も作業服及び安全衛生保護具等の装着は本来の作業を遂行するにあたり必要不可欠ないし不可分の準備行為といえるから、使用者の指揮命令下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。

イ これを本件について見ると、原告らは労働安全衛生法規や被告会社の諸規則に基づく上長の指示により、実作業にあたり作業服への更衣及びその更衣の一部として連続してなされる範囲の安全衛生保護具等の装着を義務付けられ、これを懈怠すると、就業規則に定められた懲戒処分や就業拒否の取り扱いを受け、また成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があり、原告らの義務付けられている右作業服への更衣及びそれの一部として連続してなされる範囲の安全衛生保護具等の装着は本来の作業に必要不可欠ないし不可分の準備行為であり、使用者の指揮命令下における労務の提供といえるから、右更衣等に要した時間は労働基準法上の労働時間というべきである。

従って、少なくとも更衣所における更衣の時間以降の行為(別表三の(1)ないし(24)、(26)ないし(28)の当該原告の各午前の始業欄のうち、更衣所における「更衣・保護具着」以降の行為)に要する時間が労働基準法上の労働時間ということになる。

(三) 午前の終業

労働基準法三二条では、労働時間は「休憩時間を除き」と規定され、かつ同法三四条では、「休憩時間は労働時間の途中に与えなければならない」と定められていることに照らし、午前の終業は「休憩時間の開始」ということになる。もちろん、休憩時間も始業時刻から終業時刻までの間の一部であるから、始業前、終業後と全く同一の自由状態というわけではないが、少なくとも人間として権利として保障された休憩時間を時間一杯まで利用享受しうる状態でなければならない。

このような観点に立てば、午前の終業ないし休憩時間の開始とは、労働者が喫食を含む昼休みの自由利用を行うため最小限必要な治工具・安全衛生保護具等を所定の場所で脱離・保管し、喫食のため社会通念上または使用者の安全配慮義務上最小限必要とされる手洗を所定の場所で完了した時点であるというべきであり、それまでの時間は労働基準法の労働時間である。

なお、以上のことは、残業時の休憩時間の開始についても妥当する。

(四) 午後の始業

午前の終業で述べたとおり、休憩時間の完全な享受という観点からすると、午後の始業は「休憩時間の終了」であり、午前の終業に際して所定の場所で脱離・保管した治工具・安全衛生保護具等を再び装着し始める時点である。

なお、以上のことは、残業時の休憩時間の終了についても妥当する。

(五) 午後の終業

(1) 午前の始業で述べたとおり、基本的には退門が労働基準法上の労働時間の終点と解すべきであるが、本件ではタイム・レコーダーの設置してあった場所への到着を終点として、もともと時間内に右到着時以前に行っていた行為で、就業規則変更後に終業時刻後に行わざるを得なくなった行為に要した時間について賃金を請求するものである。

(2) 仮に、退門をもって労働基準法上の労働時間の終点と解することができないとしても、前記(二)(2)のとおり法令または被告会社の就業規則等で装着が義務付けられている作業服・安全衛生保護具等の脱離、原告らが汚染職種に就いているが故に社会通念上相当と認められる入浴、その後の通勤服への更衣等に要する時間は労働基準法上の労働時間というべきである。

(六) 従って、変更された就業規則では一日の労働時間を八時間とし、始終業時における作業服・安全衛生保護具等の着脱、手洗、洗面、入浴、始業時の更衣所からラジオ体操場までの歩行、終業時の作業場または実施基準線(定刻ライン)からの歩行、休憩時間に際しての喫食前の治工具や安全衛生保護具等の脱離、手洗、午後の始業前の治工具や安全衛生保護具等の装着を、労働時間外になすべきものとして実作業から除外する旨を定めているが、これらに要する時間は前述のとおり労働基準法上の労働時間であって、これらの諸行為を就業規則で一日の所定労働時間外に義務付けると、原告らの労働時間は労働基準法三二条二項の規定する一日八時間の制限を超過することになるから、右諸行為を実作業から除外する就業規則の定めは労働基準法に違反し無効である。

(七) ところで、労働基準法による監督行政は、届出られた就業規則の始終業時刻や休日・休憩等を通して労働時間の法的規制を実現しようとするものであるから、特段の事情がない限り、監督機関も使用者も少なくとも就業規則上の始業時刻は労働基準法上の労働時間の起算点と合致するものとみなしているのである。一般には、「所定労働時間」(本来は労働契約上の労働時間)は同時に「労働基準法上の労働時間」と理解されている。このことは、このような就業規則における始終業時刻の定めから導き出される契約の意思解釈としてだけでなく、労使間にあっても日常的にそのようなものと認識・運用されているのである。少なくとも「休憩時間を除いた始終業時刻の間に労働基準法上の労働時間を置く」ことが労使間の合意の内容となっているのが通常である。従って、労使間に特段の合意がない限り、労働基準法上の労働時間につき使用者は賃金支払いの義務を免れないのである。

これを本件について見ると、労働基準法上の労働時間につき賃金を支払わない旨の特約などは存在しないのであるから、被告会社は労働基準法上の労働時間に該当する原告らの諸行為が所定労働時間内になされた場合、これに対し通常賃金を支払い、また仮に法定労働時間を越える場合には三六協定を結び、かつ、労働基準法三七条による割増賃金を支払わねばならない。

5 被告会社の就業規則の変更は、労使慣行または労働契約により労働時間内の行為とされていたものを、労働時間外に除外するもので、労働条件の一方的不利益変更として無効である。すなわち、

(一) 午前の始業

被告会社においては、本件就業規則の変更前には始業時刻までにタイム・レコーダーを打刻(後に更衣等を行う。)して出勤すれば通常出勤扱いであったので、タイム・レコーダー設置場所から更衣所までの歩行以降に要する業務上必要不可欠ないし不可分の行為で、かつそれに必要とする社会通念上妥当な時間は、慣行上ないし労働契約上の労働時間である。

(二) 午前の終業

就業規則の変更前においては、正午に食堂で喫食開始ができるように作業場を離れることができる慣行が存在したので、必要最小限必要な治工具・安全衛生保護具等の脱離・保管並びに手洗等を所定の場所で行った後食堂到着までの歩行等に要する時間はいずれも慣行上ないし労働契約上の労働時間である。

なお、以上のことは残業時の休憩時間の開始についても妥当する。

(三) 午後の始業

就業規則の変更前においては、午後の始業所定時刻に食堂を離れることができる慣行が存在したので、食堂から休憩時間前に安全衛生保護具等を脱離して保管していた所定の場所までの歩行に要する時間は、慣行上ないし労働契約上の労働時間である。

なお、以上のことは残業時の休憩時間の終了についても妥当する。

(四) 午後の終業

就業規則の変更前においては、タイム・レコーダーを終業時刻以降に打刻すれば早退とはならず、またタイム・レコーダー打刻前に入浴をすることができる慣行が存在したので、作業場を離れて入浴をするまでの行為に要する時間は、慣行上ないし労働契約上の労働時間である。

(五) 従って、被告会社の就業規則の変更は、右のように労使慣行ないし労働契約で労働時間内の行為とされていたものを、労働時間外に除外するものであって、一方的な労働条件の不利益変更というべきものであるから、右変更は無効というべきである。

そして、労使慣行ないし労働契約で所定労働時間内の行為とされていたものに対し賃金が支払われていたので、被告会社は、右行為が所定労働時間外になされるときは、三六協定を結び、かつ労働基準法三七条による割増賃金を支払うべきである。

6 原告らが労働時間外に行わざるを得なくなった具体的行為及び原告らが失った賃金

(一) 昭和四八年六月時点における原告らの労働時間起終点、作業場、控所(更衣所)、体操場、食堂、浴場、定刻ライン(実施基準線)並びに通用門(入退場門)の各位置は別表一の(1)(2)及び別図1ないし8のとおり(但し、いずれも竹内光美関係部分を除く。)である。

なお、原告らの始業時、終業時における作業服、安全衛生保護具、治工具等の着脱はいずれも控所(更衣所)でなされるが、午前の終業時、午後の始業時における最小限のそれらの更衣については、造船部門の原告氏家、同中西、同歳田、同石尾、(※)同中村直士、同本村は更衣所で、造機部門では一審原告野中、同長谷川、同栗原、同城谷、同木山、同小林、同増田は更衣所で、原告進藤、同田浦、同久保田、同草野は現場控所で、他の原告らはいずれも作業場(更衣所)においてなされる。

(二) 被告会社は、前述のとおり就業規則の変更により一方的に労働条件を労働者に不利益に変更し、その違背に対しては懲戒処分及び賃金カットを以て臨んだため、昭和四八年六月一日から同月三〇日までの間において、原告らは同年五月末まで所定労働時間内に行ってきた別表二の(1)ないし(6)(但し、いずれも竹内光美関係部分を除く。)の作業服、安全衛生保護具、治工具等の着脱、格納・保管(治工具については、受け出し、返納、交換を含む)、消耗品等の受出、散水、洗面、手洗、入浴等の行為並びに始業時の労働時間起終点位置(元タイム・レコーダーが設置されていた位置)から更衣所を経て準備体操場までの歩行、終業時の作業場から労働時間起終点位置までの歩行、休憩時間(残業時の夕食時も含む。)の際の作業場から食堂までと食堂から作業場までの歩行などを、所定労働時間外に行わざるを得なくなった。

そして、この間各原告が所定労働時間外に行った行為の実態は別表三の(1)ないし(24)、(26)ないし(28)(但し、(6)(21)についてはその1)記載のとおりであり、またそれらの行為に対する未払賃金は別表四の(1)ないし(24)、(26)ないし(28)記載のとおりである。なお、別表四の日々の具体的根拠についてまとめ、細分化して列記したものが別表三である。

(三) 請求の基礎となった諸行為に要する時間の計上方法及び金額の計算方法について

(1) 始業時、昼食時、夕食時、終業時の時間計上について

各原告の請求の基礎となった諸行為に要する時間の内容は別表三のとおりであるが、その計上は次の基準に基づいてなされている。

ア 始業時

出勤時刻の如何にかかわりなく、所定労働時間外に余儀なくされた一連の諸行為に要した時間を計上した。

イ 午前の終業時

昼食喫食開始時刻の如何にかかわりなく、休憩時間中に余儀なくされた一連の諸行為に要した時間を計上した。

ウ 午後の始業時

午後の作業開始時刻の如何にかかわりなく、休憩時間中に余儀なくされた一連の諸行為に要した時間を計上した。

エ 長残業の場合の夕食時

右イ、ウと同じ。

オ 終業時

退社時刻の如何にかかわりなく、所定労働時間外に余儀なくされた一連の諸行為に要した時間を計上した。

カ 一連の諸行為が所定労働時間内に及んだ時は、被告会社が「不就業」故に賃金をカットした場合にはこれを計上し、賃金を支払った場合には計上していない。もっとも、被告会社は昭和四八年六月分については全て賃金を支払っているので計上していない。

キ 私用や組合活動等に費やされた時間は計上されていない。

(2) 歩行、更衣、安全衛生保護具・治工具等の着脱、携行、格納、保管、洗面、入浴等の具体的内容について

ア 始業時の歩行

各原告の労働時間起終点より更衣所までの歩行時間並びに更衣所より体操場までの歩行時間である。

なお、原告らのうち、屋外造船現場作業者である原告歳田、同石尾、同中西、同氏家、(※)同本村については、作業現場の変動、雨天時、ミーティング時等により体操場が異なるため、その歩行時間にかなりの変動がある。

イ 昼食時の歩行

午前の終業時においては、各原告のうち、屋外造船現場作業者は定刻ラインより控所(食堂兼用)まで、他の原告は作業場より食堂までの歩行に要した時間であり、また午後の始業においては、屋外造船現場作業者は更衣所より体操場まで、他の原告は食堂より作業場までの所要時間である。

なお夕食時の歩行についても同様である。

ウ 終業時の歩行

各原告のうち、屋外造船現場作業者は定刻ラインより更衣所まで、他の原告は作業場から更衣所までの歩行時間並びに洗面、入浴、更衣等終了後の更衣所から起終点までの歩行時間である。

エ 更衣、安全衛生保護具・治工具の着脱等について

昭和四八年六月については、別表二記載の作業服への更衣、安全衛生保護具・治工具の着脱・格納保管等に要した時間である。

なお、一般に軽装な屋内作業者は、昼食及び夕食の喫食時の場合は安全帽(ヘルメット)等を脱ぐ程度であるため、そのための所定の格納場所が作業場と別個に特定されている一部の原告を除き殆どが事実上時間内になされている。これに比べて、重装備の屋外造船現場作業者は安全帯、命綱並びにペンチサック等をも脱離、格納してからでないと喫食できないため、更衣所でそれらを脱離・格納し、再びそれらを装着する時間が必要となる。また屋内の造船現場作業者である原告中村直士も所定の更衣所等が屋外作業者と同一条件のため、屋外造船現場作業者に準ずることになる。そして、原告らのうち、造船現場作業者が昼休みに着脱を余儀なくされている最小限の安全衛生保護具、治工具等は別表二の(3)(但し、いずれも竹内光美関係部分を除く。)のとおりである。

オ 洗面、入浴等について

昭和四八年六月当時原告らの職種、作業内容等により別表二の(4)記載の手洗、洗面、洗身、入浴等が不可欠で、その各行為に要した時間である。なお、喫食前の手洗時間も不可欠である。

(3) 消耗品、保護具、治工具等の受出について

昭和四八年六月当時、午前または午後の始業に際し、原告らのうち、造船現場作業者に別表二の(5)(但し、いずれも竹内光美関係部分を除く。)記載の行為が所定労働時間外に義務付けられていた。

すなわち、原告中西、同氏家については、同人らの所属する控所の一角に雑材庫と呼ばれる格納庫に保管されていた消耗品、保護具、治工具等を、月一ないし二回、一ないし二分を費やして受出を余儀なくされていた。また、原告歳田、同石尾、同本村、(※)同中村直士については、同人らの所属する控所にあった消耗品庫から、溶接作業に従事していた原告歳田、同石尾、同本村(※)はほとんど毎日一ないし二分を費やし、また原告中村直士も月二、三回、それぞれ必要な消耗品、保護具等を受出していた。

(4) 散水について

別表二の(6)記載のように、被告会社における推進器課及び鋳造課(昭和四八年当時)の鋳物関係職場では、粉塵の飛散防止という観点から始業前の散水が職制の指示により行われていた。

(四) 被告会社における所定労働時間外に義務付けられた諸行為に要した時間は時間外労働(超過労働)であるから、就業規則及び賃金規則に基づき、超過労働には三割、休日超過労働には五割、深夜労働には五割五分の各割増賃金が支払われなければならない。

なお義務付けられた右諸行為であっても、ストライキに伴う所定労働時間内になされる場合には、通常賃金が支払われるべきである。

従って、原告毎に右規則に基づいて計算した未払賃金は別表四の(1)ないし(24)、(26)ないし(28)記載のとおりである。

7 よって、原告らは被告に対し、別紙請求金目録記載の各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年一〇月三日から右各金員の支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2ないし5は争う。

3(一) 同6(一)の事実は認める。

(二) 同6(二)の事実は否認する。但し、別表四のうち、原告ら主張の「〈1〉本給、〈2〉勤務給、〈3〉職能給、〈4〉直接員手当、〈5〉家族手当」の額及び「時給、超過労働分時給」の計算方法は認める。

なお、原告らが従来所定労働時間内に行ってきたと主張している行為(別表二の(1)ないし(6)(但し、いずれも竹内光美関係部分を除く。))は、作業場に置いてある遮光眼鏡、防塵マスク、胸掛、腕カバー、革手袋、頭巾の携帯、着脱、格納保管を除き、従来から所定労働時間外に行ってきたものである。また右遮光眼鏡、防塵マスク、胸掛、腕カバー、革手袋、頭巾は、従来も昭和四八年六月当時においても所定労働時間内に携帯、着脱、格納保管しているものである。

(三) 同6(三)のうち、時間の計上方法及び金額の計算方法の説明は認め、その余は争う。

(四) 同6(四)のうち、被告会社の就業規則及び賃金規則上、超過労働、休日超過労働及び深夜労働に対し、原告ら主張の割増賃金が支払われることになっていたことは認め、その余は争う。

三 被告の主張

1 始終業基準及び始終業の勤怠把握基準並びにその拘束力の根拠

(一) 原告らは、昭和四八年六月当時被告会社長崎造船所の社員として、始終業に関し次の義務を負っていた。

(1) 労働時間及び休憩時間

労働時間 午前八時から午前一二時まで

午後一時から午後五時まで

休憩時間 午前一二時から午後一時まで

(2) 始終業基準

請求原因3(一)(1)記載のとおり

(3) 始終業の勤怠把握基準

請求原因3(一)(2)記載のとおり

(二) 原告らは、次の三つの規範により右始終業に関する義務を課せられていた。

(1) 昭和四八年四月一日から施行された就業規則及び同年六月一日から施行された就業規則。

(2) 労働協約の拡張適用(労働組合法一七条)

ア 被告会社は、昭和四六年一二月一五日同会社内に存在する全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合連合会三菱重工労働組合(以下「重工労組」という。)との間で、隔週週休二日制に関する労働協約を締結し、始終業基準等について次のとおり定め、昭和四七年一月一日から施行した。

あ 始業及び終業は次の始終業基準によって行うものとする。

始終業基準

請求原因3(一)(1)記載のとおり

い 右あの始終業基準を原則どおり実施するための対策には日時を要するものもあるので、当面の措置として次のとおり処理する。

(ア) 造船外業の作業については、作業場が極めて遠いのが一般的であることに鑑み、各事業所の実情に基づき、必要に応じ午前・午後の終業について各々五分以内のアローワンス時間を設けることとする。なお、これにより他の作業者に悪影響を及ぼすおそれのある場合には、必要に応じ予め場所を定め、終業時刻後その場所を離れる等の措置を講じうるものとする。

(イ) 特別の遠隔地(歩行時間約一五分以上)で作業する者に対しては、できる限りの対策を講ずるが、対策不能の場合には、事業所と支部で協議し、午前及び午後の終業につき特別にアローワンス時間を設けることとする。

う 準備体操は作業場近辺の所定の場所で行うものとし、具体的には事業所と支部で協議して決める。

え 汚染作業については、特にアローワンス時間は設けないが、汚染著しく、真に必要と認められる場合にはその都度必要な措置を講ずるものとし、具体的には事業所と支部で協議して決める。

お 列車ダイヤ等通勤事情については、事情の許す限り労働時間帯の変更、利用交通機関の変更、バスの増車等の対策を講ずるものとし、具体的には従来どおり事業所と支部で協議して決める。

か 各事業所の実情に応じ、更衣所・控所・食堂・洗身場・工具庫等諸施設の改善・移設・給食方法の見直し等を時間管理改善の観点にたって検討し、実現に努力する。

き 新しい勤怠把握方法を採用する場合の始終業の勤怠は、更衣を済ませ始業時に体操を開始すべく待機しているか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断することとする。

イ 被告会社は、昭和四八年三月七日重工労組との間で完全週休二日制に関する労働協約を締結し、その中で前記隔週週休二日制に関する労働協約を受けて「隔週週休二日制実施時に協定した事項の完全励行」の題の下に「始終業管理の改善」として「全社統一の始終業基準の完全励行をはかるため事業所と支部で協議する。なお、これに関し、会社は設備面の改善にできる限りの努力をする」旨、また「勤怠把握方法の改善」として「自己申告と所属長の確認に基づく新しい勤怠把握方法を未だ実施していない事業所はできる限り早期に実施すべく努力し、具体的には事業所と支部で協議する」旨規定し、同年四月一日から施行した。

そして、右労働協約に基づき、被告会社は同年四月一日同会社事業所の長崎造船所と重工労組の下部組織である長崎造船支部(以下「長船支部」という。)との間で事業所協定を締結したが、同協定において始終業基準及び勤怠把握方法(始終業の勤怠把握基準を含む。)につき、次のとおり定めた。

あ 始終業基準は、会社・組合間の協定内容による。

なお、造船外業に従事する者(含む艤装・修繕)については次のとおりとする。

(ア) 午前の始業

(あ) 作業場最寄りの所定の場所で準備体操を行うものとする。

なお岸壁作業者等についてもこれに準じてバスの配車を行う。

(い) 修繕部のバス発車については部段階で協議のこととする。

(イ) 午前の終業

(あ) 五分以内のアローワンス時間を設けることとし、具体的にはアローワンスのつかない作業者との関係を考慮し、実施基準について部段階で協議のこととする。ただし、控所との距離が近いところについては、一二時に下船を開始するものとする。

(い) 岸壁作業者についても上記に準ずることとする。

(ウ) 午後の始業

午後の所定始業時刻の五分前に吹鳴する予鈴をもって遅くとも控所を出発し、作業場に向うものとする。なお岸壁作業者についてもこれに準ずることとする。

(エ) 午後の終業

午前の終業に準ずることとする。

い タイム・レコーダーを廃止し、自己申告と所属長の確認を基本とする勤怠自己申告制を実施する。

始終業の勤怠把握の基準については、会社・組合間の協定内容による。

ウ ところで、被告会社の一事業所である長崎造船所に常時使用される同種の労働者の数は昭和四七年一月一日或いは昭和四八年四月一日時点でそれぞれ約一四、七〇〇名或いは約一五、八〇〇名、これに対し長船支部所属の労働者数はそれぞれ約一四、二〇〇名或いは約一五、四〇〇名とその四分の三以上を占めており、前記各労働協約は、被告会社と長船労組との間に労働協約が存在していなかったのであるから、労働組合法一七条により原告らに対しても拡張適用されるに至った。すなわち、本件のように少数者が労働組合を組織してはいるが、固有の労働協約を有していない場合には、同条により多数組合の労働協約が拡張適用されるものというべきである。そして、そのように拡張適用があっても、少数組合がより以上の労働条件を求めて団体交渉をなし、多数組合と違った労働条件を獲得し、またそれを獲得するために争議を行うことができるのであるから、団体交渉権、争議権を侵害するものではない。さらに、拡張適用により少数組合の価値を減ずることになるかもしれないが、そうだとしても、制度的に少数組合の存在を無価値にし、或いは不可能にするものでもないから、その団結権を害するものでもない。

(3) 原告らと被告会社との間の労働契約

ア 原告らのうち、中村博及び本村秀治は、昭和四七年一月一日時点で重工労組に所属しており、重工労組と被告会社とが締結して同日から発効した労働協約中の始終業に関する規定は、労働協約中のいわゆる規範的部分として同人らと被告会社との間の労働契約の内容となっていた。

また原告増田献治、(※)同田浦幸勝及び同栗原源三郎は、昭和四七年一月一日時点で被告会社に存在した労働組合である日本労働組合総評議会日本造船機械労働組合三菱重工支部(以下「三菱支部」という。)に所属しており、三菱支部と被告会社が締結して同日から発効した労働協約中の始終業に関する規定(前記(2)アと同内容)は、同様に労働協約中のいわゆる規範的部分として同人らと被告との間の労働契約の内容となっていた。

そして、長船労組との間に同種の労働協約が締結されていない以上、労働協約中の規範的部分により定まった労働契約の内容がその後の従前の組合からの脱退・長船労組への加入という使用者の関与しない事実により変更されるものではない。

イ 右以外の原告らについても、昭和四七年一月一日から発効した前記重工労組との労働協約の拡張適用により、同協約中の始終業に関する規定が労働契約の内容となった。

ウ このように原告らは、長船労組に所属する以前に所属していた労働組合の労働協約の直律的効力により、或いは他の労働組合の締結した労働協約の拡張適用により、前記隔週週休二日制に関する労働協約と内容を同じくする労働契約を被告会社との間に有していたが、その後完全週休二日制に関する労働協約の拡張適用を受けるに至り、これと内容を同じくする労働契約が存在することとなった。

2 昭和四六年末以前の労働契約ないし労使慣行

(一) 労働協約及び就業規則

(1) 労働協約

被告会社では隔週週休二日制が実施された昭和四七年一月一日以前においては、労働時間及び休憩時間につき、被告会社と重工労組との間の労働協約及び被告会社と三菱支部との間の労働協約によって、労働時間は七時間、休憩時間は四五分ないし一時間とし、始業、就業時刻及び休憩時間(時間外労働の場合の休憩時間を含む。)については、事業所と右各労働組合の下部組織が協議して決めると定め、これに基づき、被告会社長崎造船所と長船支部との間の事業所協定及び被告会社長崎造船所と長崎造船所に存在する三菱支部の下部組織である長崎造船分会(以下「長船分会」という。)との間の事業所協定によって、労働時間(一般部門)を午前八時から正午まで及び午後一時から午後四時までとし、休憩時間を正午から午後一時までとする旨規定されていた。

なお、被告会社と長船労組との間には労働協約は存在しなかったが、長船労組組合員も右規定どおり勤務していた。

(2) 就業規則

昭和四六年末までの被告会社長崎造船所における就業規則では、労働時間(一般部門)につき、午前八時から正午まで及び午後一時から午後四時までと規定し、また休憩時間につき、正午から一時間と規定されていた。

(3) 右労働協約並びに就業規則に規定されている労働時間とは、実働時間(実際に労務を提供する時間)を意味するものであって、その規定の具体的運用においても終始一貫して「時間から時間までいっぱいに労働するように」指導がなされ、運用されていた。

(二) 隔週週休二日制実施前における始終業管理に係わる労使間の論議

被告会社長崎造船所においては、労働時間の始終業の問題につき、「時間から時間まで」ということを前提として、昭和二〇年代より時間励行という形でしばしば労使間で論議されてきた。そして、労使を拘束する慣行というには、労使ともこれを規範として容認していたものでなければならないが、被告会社は原告が労使慣行として主張する事実を容認してきたものではなく、却ってこれを始終業の乱れとして対応してきた。すなわち、

(1) 昭和二八年六月ないし七月

被告会社長崎造船所では、昭和二八年六月から七月にかけて労使間で始終業管理が本格的に論議され、被告会社長崎造船所と当時同造船所内の唯一の労働組合であった三菱造船労働組合長崎造船支部との生産委員会においては、入浴・洗面等の時間外励行の件と終業時開門の件が論議の焦点となった。そして、入浴・洗面等の時間外励行の件については、「作業止時刻設定の基準時を午後四時一〇分とし、終業後一〇分間で作業の内容により、入浴或いは洗面等を行うものとする。一〇分間で入浴・洗面等ができない作業者については課工場委員会でその不足時間を考慮して作業止時刻を決定する」旨の合意に達し、入浴等は終業時刻後に行うという原則を確認した。また終業時開門の件については、当時行われていた午後四時五分開門で合意に達した。なお、当時被告会社長崎造船所の所定入退場時刻は入場午前七時五五分まで、退場午後四時五分よりとなっていたが、この所定始業・終業時刻の前後に各五分が置かれた趣旨は、始終業時に更衣等を行う程度で、特に入浴・洗面等を行う必要のない者でも、当時の勤怠把握方法であった職札を管理する場所と事務所との間を歩行したり、更衣をしたりするのに平均五分程度かかることを考慮して設定されたもので、午前八時作業開始、午後四時作業終了を前提として、就業時間内の完全実働化を図るためであった。

(2) 昭和三六年三月ないし四月

昭和二八年の労使間の協議によって社船発船時刻は終業時刻後三〇分の午後四時三〇分と改められたが、昭和三〇年代に入り、労働組合(当時は全日本造船労働組合三菱造船支部長崎造船分会と称していた。)から社船発船時刻を一〇分繰り上げるようにとの要求がなされ、被告会社は、昭和三二年には社船発船時刻を五分繰り上げ、また昭和三六年四月にはさらに五分繰り上げたが、同年の労使間交渉では、具体的作業止時刻の基準につき、屋内作業では定刻五分前に作業を止めることを基準とし、屋外作業では、立神勤務者で船台方面作業者、向島勤務者で八軒家・向島方面作業者については定刻一〇分前を作業止時刻の基準としてそれぞれ水の浦、飽の浦方面作業者の作業止時刻を決めることにし、また艤装船作業者については退船時刻を作業止時刻とする旨の合意に達した(もっとも、労働組合は、右作業止時刻の時間励行については午後四時二〇分発船の条件ではなく、会社の期待ということで承っておく旨付言した。)。

(3) その後昭和四〇年には、折りからの不況と昭和三九年六月の三重工(三菱造船株式会社、新三菱重工業株式会社、三菱日本重工業株式会社)合併による新生三菱重工業株式会社による経営体質の改善の一環として、被告会社長崎造船所では、事業所改善対策が検討推進されていたが、この事業所改善対策との関係で「合理化問題に関する場所団交」が、また第二機械工場での始終業管理を巡って「時間励行に関する場所団交」がそれぞれ開催され、労使間において始終業管理についての論議がなされた。また労働組合(当時は全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会と称し、現在の長船分会の前身。)は、機関紙等で、汚れ落としは労働時間内に行われるべきであることを教宣したが、被告会社はこれらの教宣に対する反論を掲載した通知を部課工場長に送付し、誤解によるトラブル発生防止に努めた。

また昭和四〇年一二月長船分会から現在の長船支部が分裂結成され、長船支部は社員の過半数を擁する多数組合となり、他方長船分会は少数組合となったが、その後昭和四二年に至り、被告会社長崎造船所と長船分会との間で場所(事業所)経営協議会が開催され、長船分会から「一二時のサイレンが鳴ったら、メシを食べられるようにされたい。」「仕事の汚れは時間内に落とさせよ。」という要求がなされたが、被告会社は「決められた時間まで仕事をされたい。」「汚れ落としは時間外に行われたい。」旨の回答をして労使交渉は終了した。

その後被告会社と長船分会との始終業管理に関する交渉は、隔週週休二日制実施に係わる交渉まで行われなかった。また昭和四五年九月に原告らの所属する長船労組が長船分会から分裂結成されたが、同組合との間においても始終業管理に関する交渉は、隔週週休二日制実施に係わる交渉まで行われなかった。

(三) 始終業基準、始終業の勤怠把握基準及び勤怠把握方法が不利益な変更ではないこと。

(1) 始終業基準、始終業の勤怠把握基準及び勤怠把握方法の意味

雇用契約により労働者は労務提供義務を負うが、この義務が何時(始業時刻)から何時(終業時刻)まで働かねばならない、というように時間で定められる場合は、始業時刻にはどんな状態でなくてはならないか、終業時刻にはどんな状態でなくてはならないかを定める必要がある。この始終業上の義務を定めた規範を被告会社では「始終業基準」と呼んでいる。

また雇用契約により使用者は提供された労務に対し賃金支払義務を負うが、これも時間で測って支払われるから、賃金計算の対象となる時間の起終点が定まらなければならない。賃金計算の対象となる時間と提供された労務の時間とが一致する場合もあるが、現実の雇用契約においては必ずしも一致していない。被告会社においては、この賃金計算上の起終点で労働者がどんな状態であれば賃金を支払うか、つまり賃金計算上遅刻早退とするかしないかの尺度を「始終業の勤怠把握基準」と呼んでいる。

このように始終業基準と始終業の勤怠把握基準とはそれぞれ異質のも労組との間の労働協約に規定され、さらに完全週休二日制になってからは就業規則中に規定された。

始終業に関する規範が昭和四六年末まで明文の規定としては存在していなかったため、その規範をなし崩し的に労働者に有利なように持って行こうとする動きと合わさって、これを守らない者がいたことは否定できないが、始終業に関する規範としては昭和四六年末も完全週休二日制実施後も変わっておらず、遵守状況がよりよくなったに過ぎない。

このように始終業基準に関する限りは、隔週週休二日制実施前及び完全週休二日制実施後も同様の内容であって、この始終業基準を就業規則で規定しても何ら不利益な変更となるものではない。

3 労働基準法上の労働時間について

(一) 「更衣」行動の分析

(1) 被告会社長崎造船所では、休憩時間を除き、所定労働時間である午前八時から午後五時までの間は、使用者は労働者に対し労務指揮権があり、労働者に自由に指揮命令できるが、午前八時以前及び午後五時以後の時間にはそれがない。ただ、午前八時までに更衣(特定の作業服でなくても、作業にふさわしい服装であればよい。)を済ませて午前八時までに所定の準備体操場に来ておくことを義務付けているだけである。これを労働者側からいうと、本来の労働時間中は自己の労働力の自由利用は許されていないが、午前八時前の時間帯には労働者は更衣をしなければならないという点を除き、更衣にかける時間に制限はなく、更衣をしながら何をしようと自由であることになる。つまり、労働者は、午前八時前の時間帯では職務専念義務はなく、更衣に一〇分かけようと二〇分かけようと自由であり、更衣中おしゃべりをしようと、中断して新聞を読もうと自由である。また場所的にも、本来の労働は使用者の指示した場所に拘束されるが、更衣は自宅でしても、マイカーの中でしても、駐車場でしてもかまわないのである。

このように本来の労働時間中に労働者が義務付けられてなす行動は、例えば、準備体操であっても、始まりの時刻と終わりの時刻が定められていて、体操をする時間帯を労働者が自由に調整できるものではなく、また途中で中断して雑談したり他のことをしたりする自由もなく(時間的拘束)、場所的にも定められた場所で行わなければならず、自宅でしたり通勤途上で済ませることはできない(場所的拘束)。これに比べて、更衣にはそのような時間的・場所的拘束はないし、また安全衛生保護具の装着も本質的には同様であって、その保管場所がたまたま控所になっているため、そこで装着をしているだけである。従って、本来の労働時間中は、労働者は時間的・場所的に拘束されているが、更衣の場合はそれがないため、身体的・精神的緊張は少なく労働密度も疎である。

ところで、労働の提供とその準備行為とに区分すれば、更衣は提供の準備行為であり、労働者が更衣を済ませただけでは、その後の労働の提供がなければ使用者には何らの利益にもならないのである。雇用契約は、労働者が労働力を提供しそれが利益を生むから、これに対し賃金を支払う双務契約であって、債務の履行行為とその履行のための準備行為とは当然区別される。右のとおり労働者が更衣を済ませただけで未だ労働力を労供しない段階では使用者にとって何らの利益もないので、更衣は雇用契約上の債務の履行ではなく、その履行のための準備行為に過ぎないのである。

以上のように、本来の労働と更衣とでは、使用者の労働者に対する支配の程度においても、労働者の自由の拘束の程度においても、労働の提供と提供の準備という点においても、格段の差が存在している。

(2) このような本来の労働と更衣との違いを意識した考え方は労働基準法四一条にも表れている。同条は、労働時間に関する定めの除外例として監視・断続的労働をあげるが、その趣旨は、常態として身体の疲労または精神的緊張の少ないもの、或いは労働時間中において手待時間が多く実作業時間が少ないものの意味であり、両者とも通常の労働と比較して、労働密度が疎であるものを指している。例えば、事業場等の高級職員専用自動車の運転手は勤務時間としては長時間に及ぶこともあるが、その半分以上は詰め所において用務の生じるまで全然仕事がなく待っている場合につき、断続的労働として取り扱ってよい、という通達(昭和二三年七月二〇日基収二四八三号)があるが、勤務時間が九時間であっても右のように断続的に労働が挟まっている状態であるときは、その九時間を労働基準法三二条の「労働時間」とみなくてもよいということであり、そのことが更衣のように出勤してから午前八時までの数十分間のうち数分間の更衣の時間が同様に断続的に挟まっている場合につき参考になる。

(二) 労働基準法上の労働時間の意味

(1) 通説は、労働基準法上の労働時間につき、「使用者が労働者を指揮命令の下においている時間である」と定義しているが、それは単に「使用者の指揮命令により何かをさせている」というだけのことを意味しているのではない。「指揮命令の下においている」と定義したのは、「指揮命令下においていると評価できる状況・状態」を考えているのである。使用者は、いろいろな場面で労働者に直接間接に強弱の程度が異なる支配を及ぼすものであるが、その支配の程度・強弱を評価して、一定の強さ以上のものを「指揮命令下においている」としたのである。

このように考えると、更衣を「義務付けられているから労働である」とする考え方は、「指揮命令の下においている」という表現を、単に「指揮命令により何かをさせている」という表現と同義であると理解し、義務付けしているから指揮命令下においているのだと結論付けるもので誤っている。

また「労務の提供と不可欠不可分だから労働である」という場合は、更衣をしている状態或いは更衣という行動を観察しているのではなく、更衣と「労働」の関連性を見ているに過ぎず、ましてや右のような使用者による支配の状況もその強弱も全然考慮されていないのである。

(2) 右のような立場をとるのが、最高裁判所昭和五九年一〇月一八日第一小法廷判決により支持された日野自動車事件の原審東京高等裁判所昭和五六年七月一六日判決(労民集三二巻三、四号四三七頁)の次の判断である。

「一般に労働基準法第三二条の『労働時間』とは、労働者が使用者の指揮、命令の下に拘束されている時間をいうものと解釈されている。ところで、労働者が現実に労働力を提供する始業時刻の前段階である入門後職場到着までの歩行に要する時間や作業服、作業靴への着替え、履替えの所定時間をも労働時間に含めるべきか否かは、就業規則や職場慣行等によってこれを決するのが相当であると考えられる。けだし、入門後職場までの歩行や着替え、履替えは、それが作業開始に不可欠のものであるとしても、労働力提供のための準備行為であって、労働力の提供そのものではないのみならず、特段の事情のない限り使用者の直接の支配下においてなされるわけではないから、これを一律に労働時間に含めることは使用者に不当の犠牲を強いることになって相当とはいい難く、結局これをも労働時間に含めるか否かは、就業規則にその定めがあればこれに従い、その定めがない場合には職場慣行によってこれを決するのが最も妥当であると考えられるからである。」

そして、労働基準法三二条の適用に関する右事件の事実関係は、本件と同一であって、十分先例足りうるものである。

(3) 「指揮命令においている」とは、「指揮命令により何かをさせる」という意味ではなく、労働者がおかれている状態、すなわち使用者が労働者を支配している状態を意味していると理解した場合、使用者による支配の状態ないし労働者の拘束の状態がどの程度であれば「指揮命令下においている」といえるのかを明らかにしなければならない。

ILO条約においては、「就業時間」とは、使用される者が使用者の指揮に服する時間をいうとしており、その「指揮に服する」とは、「労働者が使用者の自由な処分のもとにある。」という意味で翻訳されていて、その趣旨は、使用者が労働者の労働力を自由に使用・処分することができるということにある。そして、自由な使用・処分ができるというのは、事実上その処分ができるかどうかであって、労働契約上の権利がなくとも、使用者の事実上の力によって使用・処分できる場合を指すのである。

このことは、民法の「占有」に似ている。そこで、「労働」とは使用者が労働者の労働力を「占有ないし準占有」している状態をいうものと理解することもできる。すなわち、労働基準法上の「労働」は、「使用者が労働力を自己の占有下におくことをいい、労働者が社会観念上使用者の事実的支配に属すると認められる客観的関係に存する、という事実的支配関係の存在」(民法上の占有の「所持」)と、「使用者が右の事実的支配関係に労働者をおくことによる利益を自己に帰せしめようとする意思の存在」(民法上の「自己のためにする意思」)を要件とするのである。従って、「指揮命令下におく」とは、このような事実的支配を意味しているのである。

また民法の占有の要素である「所持」というには、多少継続的な支配関係が必要であり、また他人の干渉を排斥しうる状態にあることを必要とするが、労働力の占有についても同様である。すなわち、労働力が使用者に引き渡されて、使用者が自由に使用できる段階になってはじめて継続的かつ排他的に労働力を使用できるのであり、労働力の所有者である労働者が自己の労働力を自由に使用できる間は、占有は使用者に移転していない。さらに、使用者が労働者を事実的支配下におくことによる利益を自己に帰せしめる意思がなければ使用者による支配ではなくなる。「使用者の明示・黙示の指示」は、この自己に帰せしめる意思の表れとみればよい。

然るに、機械への注油、電源のスイッチオン等の準備行為は、それだけで使用者には価値のある行為であり、行為の結果を使用者は取得しているのであるから、労働力の所持がある状態であり、利益を自己に帰せしめようという意思も明瞭である。これに対し、更衣は、同じく準備行為というけれども、更衣だけでは使用者に未だ何らの利益ももたらしておらず、殊に本件における更衣は労働者が自由にできる時間内の行為であって、更衣をしながら他事をする自由があり、「所持」の要件である継続的排他的な支配が労働力に対して存在しないから、使用者による労働力の占有は存しない。

(4) なお、原判決は、労働基準法三二条の対象となる労働時間について、使用者の指揮監督下に労務を提供している時間で、右労務の提供のうちには本来の作業のほか、その作業を遂行するため必要不可欠ないし不可分の行為も含まれるとしているが、その労働時間に含まれるか否かの判断においては、必要不可欠ないし不可分の行為なら即使用者の指揮監督下にあるという態度で、指揮監督下にあることに対する判断を脱漏しており、また、必要不可欠ないし不可分の行為とそうでない行為との区別も曖昧であり、その尺度としての有用性も疑わしい。

(三) 被告会社長崎造船所における安全衛生保護具の装着時間等

(1) 安全衛生保護具の装着・携帯に要する時間

労働安全衛生法上、使用者は労働者が更衣、安全衛生保護具の装着等を行えるような措置を講ずる義務を負う場合がある(同法三条、二〇条ないし二五条)。しかしながら、労働者が安全衛生保護具の装着等を行うのは、使用者の右措置義務を使用者に代わって果たしているのではなく、労働者に対し課せられた労働者自身の義務(同法四条及び二六条)を履行しているに過ぎないのである。また使用者の安全配慮(保護)義務による場合も同様であって、使用者が安全配慮義務の一環として労働者に対し安全衛生保護具の装着等を行わせる義務を負う場合も、労働者が装着するのは、使用者の義務を労働者が使用者に代わって果たしているのではなく、労働者自身が使用者の安全配慮義務に対応する協力義務を履行しているに過ぎないのである。従って、いずれの場合にも労働者が安全衛生保護具の装着等を行うのは使用者の義務(使用者の業務)を行っているものではない。

また前記の「占有」論で考えると、「占有」に必要な自己のためにする意思の点においては、安全衛生保護具の装着等は、労働者に自己のためにする意思があるのみであって、使用者にその意思はない。また労働力の「所持」の点から見れば、使用者の労務指揮権が及ばない時間帯になされるものであり、安全衛生保護具の装着等にどれだけの時間をかけようと、途中で中断しようと、或いは装着等をしながら他事をなそうと自由であるから、使用者が労働力を所持しているということはできない。

従って、安全衛生保護具の装着・携帯に要する時間は労働基準法上の労働時間に該当しない。

(2) 歩行に要する時間

始業時における原告らの主張の労働時間起終点からロッカー室を経て事務所に至る歩行(事務部門)及び労働時間起終点から控所又は更衣所を経て準備体操場に至る歩行(造船現場及び機械現場部門)並びに午後の始業時における食堂から事務所までの歩行(事務部門)及び控所又は食堂から準備体操場までの歩行(造船現場及び機械現場部門)は、その間使用者から何時就労の要求があるかもしれない状態にはないのであるから、使用者が労働力を占有している状態ではない。

本来の作業に不可欠の準備行為は使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供であり、これに要する時間は労働基準法上の「労働時間」に含まれると解するならば、通勤に要する時間はすべてその「労働時間に含まさざるを得ないことになるが、その不都合は言うまでもない。自宅から労働時間起終点、ロッカー室、控所または更衣所を経て事務所または準備体操場に至る歩行時間の全てが通勤時間である。

午前の終業時における事務所から食堂までの歩行(事務部門)及び作業場から控所または食堂までの歩行(造船現場及び機械現場部門)並びに午後の終業時における事務所からロッカー室を経て労働時間起終点までの歩行(事務部門)及び作業場から控所または更衣所を経て労働時間起終点までの歩行(造船現場及び機械現場部門)は、本来の作業に不可欠の準備行為ですらない。

午前の終業時及び午後の終業時の歩行時間について見るに、その時間帯においては明確に所定労働時間外と認識されており、使用者から何時就労の要求があるかも知れない状態にはない。午後の終業後は、作業場を直ちに離れようが、暫く作業場に留まってから離れようが、また極端に言えばそのまま作業場に留まっていようが、全く労働者の自由である。午前の終業後は、控所や食堂に向かうことなく、スポーツ、私用による外出、組合活動等の行動を直ちに行うケースも少なくない。午後の終業後も、私用や組合活動を行った後、控所等に向かうケースもある。従って、午前の終業後は、一般に食堂まで歩行して、食事、休息等を行う者が多く、午後の終業後は、控所等まで歩行して更衣等を行う者が多いとしても、その行為自体に選択の余地があり、使用者が労働力を占有している状態ではない以上、その歩行時間は労働基準法上の「労働時間」には含まれないものである。

(3) 洗面・入浴に要する時間

洗面・入浴に要する時間については、洗面・入浴が通常作業に伴って行われているという意味では、更衣時間と共通する面もあるが、使用者が義務付けているかどうかという面では異なっている。すなわち、洗面・入浴に関しては、作業終了後に一般に行われているものの、更衣と異なり、使用者が義務付けているものではない。さらに、洗面は一般的に作業終了後に行われているものであるが、一方、入浴は、原告らの従事している作業については、法的に義務付けられているものでもなく、被告会社として従業員に対する福祉厚生の一環として行っているものであり、希望する者が利用しているということに過ぎないのである。

因みに、原告らの従事している作業に比べて、明らかにより汚れのひどい坑内作業についてさえ、行政解釈では「坑内労働者の入浴時間は坑内労働者の終業に不可欠の整理整頓時間としてこれをその労働時間に算入すべきものと思料するが」との問いに対し、「通常労働時間に算入されない」(昭和二三年一〇月三〇日基発一五七五号)としている。

従って、洗面・入浴に要する時間も労働基準法上の「労働時間」には含まれないものである。

(四) わが国の基幹産業における始終業時刻の実態

わが国の造船、自動車、輸送機器、電機、化学、鉄鋼、機械等の大手製造業の多くにおいては、「時間から時間まで労働する」という一審被告と同様の始終業基準を規定しており、実態としても一審被告と同様に労使間の私的自治の分野として始終業管理を行っている。つまり、一審被告の始終業管理は、わが国の労働慣行ともなっているものであって、合理的なものである。

4 就業規則変更の効力

(一) 就業規則の変更は不利益変更ではない。

(1) 不利益変更か否かは労働条件全体でもって判断すべきこと。

就業規則変更の効力が問題となるときの労働条件の有利不利は、変更された労働条件全体からみて論ずるべきであって、その一部を個々的に取り上げて有利不利を判断すべきではない。

本件の場合においては、就業規則の変更と一体として行われた労働時間短縮、すなわち、日曜日と土曜日を休日とし、一日の労働時間を八時間とする完全週休二日制では、従来の日曜日と第一・第三・第五土曜日を休日とし、一日の労働時間を七・五時間とする隔週週休二日制と比較して、一週間の労働日が平均五・五日から五日となり、一週間の労働時間は四一・二五時間から四〇時間に短縮され、年間では約四八・五時間の労働時間短縮となるものである。これを賃金の面からみれば、賃金は据え置きで労働時間が減少するわけであるから、時間当たりの賃金は自動的に増加することになり、その労働時間短縮は、実質的には三パーセントのベースアップを実施したに等しいものであって、その意味でも原告らにとって利益となるものである。

(2) 変更した就業規則は従来の労使慣行を明文化したものであること。

労働契約の内容となっている慣行を見る場合には、極く一部の者の極く一部の労働日における行動に焦点を合わせて判断すべきではなく、大多数の者の行動を大量的に観察して、慣行の存在を判断すべきである。

午前の始業については、従来被告会社長崎造船所の大部分の職場で始業時刻五分前の午前七時五五分から社員が自発的に行っていたラジオ体操を、昭和四六年一月より始業時である午前八時から行うこととされたが、右変更の前後を通じて大多数の社員が午前八時前に出勤して更衣を済ませた上、これに参加しており、このことからも大多数の社員が所定の始業時刻から実作業に従事していたことが明らかである。午後の始業についても、所定の始業時刻から実作業に従事していたことは同様であった。

また午前及び午後の終業についても、大多数の社員が所定の終業時刻に実作業を終了し、それから控所に向かうというのが実態であった。

以上のことは、大多数の社員が「所定の始業時刻から終業時刻まで実作業に従事する」との基本認識のもとに作業に従事し、それが社員の規範となっていたことを示すものである。

(3) 労働協約の拡張適用により協約どおりの労働契約になっていたこと。

前記1(二)のとおり、被告会社と原告らとの労働契約は、労働協約の直律的効力或いは拡張適用により、本件就業規則変更時点では、変更後の就業規則と同じ内容になっていたのであるから、不利益変更ではない。

(二) 不利益変更の合理性

仮に就業規則の変更が原告らに対し何らかの不利益を及ぼす部分があるとしても、次のとおり合理的理由があるから、その変更は有効である。

(1) 画一的、統一的実施の必要性

被告会社長崎造船所では、主として船舶、原動機等の製造・修理を行っているが、かかる生産活動を営むに当たって、同一職場で同一業務を遂行している社員の一部が他と異なった始終業基準及び始終業の勤怠把握基準等によることは、生産管理面、安全管理面において著しく支障があり、また職場規律維持という面からも由々しい問題を招来することになる。

このように始終業基準及び始終業の勤怠把握基準は、企業の運営上すぐれて画一的、統一的実施を必要とする事項であるところ、前記のとおり重工労組長船支部所属の組合員は、被告会社との労働協約により変更された就業規則と同じ義務を負って労務を提供しており、これとの画一的、統一的処理をはかるための変更には合理的理由がある。

(2) 多数組合との合意の成立及び原告ら所属組合である長船労組と十分な協議を尽くしたこと。

完全週休二日制の実施に伴う昭和四八年四月一日「始終業基準」、同年六月一日「始終業の勤怠把握基準」の就業規則への明定については、社員の九六パーセント以上の多数を占める重工労組とは協議の結果合意に達したが、長船労組及び三菱支部とは協議を尽くしたが合意を得るに至らなかった。

長船労組との始終業基準等を巡る交渉の経緯をみるに、被告会社は、隔週週休二日制実施にあたり始終業基準等の諸対策の実施に関し長船労組との間で交渉をするも明確な合意に至らず、昭和四七年一月八日一旦交渉を中断したが、その後も右始終業基準等について合意を得るべく同年一〇月七日の団体交渉に至るまで交渉を重ねた。そして、同年一一月二日付長船労第一〇二号にて長船労組より完全週休二日制の要求が出され、翌四八年一月一八日被告会社が完全週休二日制実施とそれに伴う諸対策の実施を回答したことを機に、同月二六日、同年二月二八日、同年三月一五日、同月三一日、同年四月六日と交渉を重ね、始終業基準等について理解を求めたが、長船労組の理解を得ることはできなかった。

また被告会社は、三菱支部との間で、完全週休二日制実施について、昭和四七年一二月二五日以降十数回に亙る協議を行ったが、三菱支部は一日の労働時間を三〇分延長するという点に最後まで反対し、合意を得るには至らなかった。

(3) 規範意識に反していないこと。

始終業基準及び始終業の勤怠把握基準は多数組合との労働協約により定められ、現在に至るまで被告会社長崎造船所におけるほとんどの社員がこれを遵守してきており、これらはいずれも既に社員の規範意識となっている。

(4) 労働時間短縮と不可分な変更であること。

被告は、隔週週休二日制実施に関する労使交渉において、労働時間短縮と始終業基準等が不可分一体のものであることを明らかにして各組合との交渉を行い、それは完全週休二日制実施に関する労使交渉においても同様であった。

すなわち、賃金を据え置いたまま休日を増加することにより労働時間を短縮することは、被告会社にとって生産時間の減少、製品のコストアップによる競争力の低下等経済上重大な問題を招来するものであったことから、始終業管理の改善を含む各種の生産対策なくしては踏み切り得ないものであり、労働時間短縮と始終業基準等は不可分一体のものであったところ、原告らの所属していた長船労組が労働時間短縮という利益のみを享受し、始終業基準等を含む各種の生産諸対策に反対することはいわば有利な部分のみのつまみ喰いを許す結果となり、始終業基準等を遵守している他の大多数の社員との間の公平に反し、不合理である。

(5) 社会通念に照らし合理的であること。

本件始終業基準等は、我が国における造船重機械産業の他社及び鉄鋼、電機、自動車等の主要各社の時間管理においても採用されており、その始終業基準等が採っている「時間から時間まで実作業を行う」という考え方が社会通念として一般的であることを示している。

(6) 不利益の程度が軽微であること。

タイム・レコーダーが存続していた期間中、被告会社長崎造船所の従業員は、所定始業時刻までにタイム・レコーダーを打刻しておればその後更衣等を行っても、また所定終業時刻後にタイム・レコーダーを打刻しておればそれ以前に更衣等を行っても賃金がカットされなかったことは事実であるが、これは所定労働時間外に更衣等を行った場合、これに賃金を支払うという約定が前提となっているものではなく、賃金計算の大量的処理の関係上単にカットをしていなかったに過ぎない。

5 原告らの慣習上ないし労働契約上の労働時間に対する賃金請求について

被告会社長崎造船所においては、昭和四八年五月三一日まで勤怠把握方法としてタイム・レコーダーが使用されており、原告らを含め従業員は、始業時には所定始業時刻までにタイム・レコーダーを打刻してさえおれば、その後に更衣等を行って右始業時刻後に作業場に到着しても遅刻の扱いを受けず、賃金カットもされなかったし、また終業時には所定終業時刻前に更衣等を行っても右終業時刻以降にタイム・レコーダーを打刻してさえおれば、早退の扱いを受けず、賃金カットもされなかった。

しかし、これは賃金計算の大量的処理の関係上単にカットをしていなかったに過ぎず、所定労働時間内に更衣等を行っても、これに時間外賃金を支払っていたわけではないので、所定労働時間外に行った更衣等に対し賃金を支払うという労働契約があったことにはならないし、また原告らも所定労働時間外に行った更衣等に対し賃金が支払われていたと主張しているものでもない。

同様に入浴についても、従前入浴を所定労働時間外に行っていても時間外賃金を支払っていたわけではないので、仮に時間内入浴の慣行があったとしても、それは入浴に対し賃金を支払うという契約ではなく、時間内入浴につき賃金をカットしないというだけに過ぎない。

従って、仮に変更された就業規則が無効となって昭和四六年末以前の労働契約ないし慣習に従うことになっても、原告ら主張の賃金請求権は労働契約上も慣習上も存在していないのである。

四 被告の主張に対する原告らの反論

1 労働組合法一七条による拡張適用について

労働組合法一七条のいわゆる労働協約の一般的拘束力については、既に多数の裁判例によって明らかなように、同条は、一の労働協約の適用を受けるに至った以外の労働者が未組織労働者である場合、或いはより不利な労働条件下にある場合に適用があるものであり、少数労働者が他の組合の組合員であった場合には、とりわけより有利な労働条件の下にある場合にはなおのこと少数組合の団結権、団体交渉権等を尊重する必要があるため適用がないと解され、本件の場合も同様である。そして、現実に団体交渉を継続している最中に多数組合との労働協約締結を理由に拡張適用を主張することの不当性は一層明らかである。

2 昭和四七年一月一日当時重工労組等の他組合に所属していた原告らの労働契約について

労働協約は、原則として労働協約の当事者である当該労働組合に所属する組合員に対し、その効力を及ぼすものであり、組合員がその組合を脱退した場合、未だいずれの組合にも所属しない段階においてであるならばともかく、他の労働組合に所属した場合には以後加入した労働組合の規律、統制下におかれ、従前において所属した労働組合の労働協約の効力はその組合員には及ばないと言うべきである。

また昭和四七年一月一日当時他組合に所属していた原告らは、その所属各組合が昭和四六年一二月に被告会社と締結した不利益協定に対する不同意の故をもってその後に長船労組に移籍し、或いは昭和四八年四月一日付就業規則の不利益変更に対する不同意の故をもってその後に長船労組に移籍したものであり、いずれも労働条件の不利益変更が現実となる新始終業基準と新勤怠把握方法が事実として全面実施された昭和四八年六月一日以前に長船労組に加入しているのであるから、従前所属していた労働組合の労働協約の効力は右原告らには及ばないと言うべきである。

3 昭和四六年末以前の労働契約ないし労使慣行について

労働組合と一審被告会社との間で、それまで職札場位置の変更、入浴場問題等が、いずれも労働協約の解釈・運用をめぐって協議されてきたが、その基本となる考え方は戦前戦後を通じて「会社の汚れは会社で落として帰る」という原則である。「会社で落として帰る」が「時間内」をさすことはいうまでもない。一審被告会社が主張している昭和二八年六、七月は、会社が持ち出した「時間励行能率増進運動」の「強調月間」というもので、レッド・パージなど占領政策により労働組合が弱体化した隙に、それまでの数十年にわたる職場慣行の大幅な改悪を狙ったものである。ただ、その六・七月合意にしても、それはなお入浴(更衣を含む)の所要時間からして時間内入浴を前提とするものであった。また、午後四時五分開門は、戦前の職工(工員)就業規則には規定があったが、戦後の民主化と労働基準法の制定により、始終業時をこえる、しかも工員だけを差別していたこの規制は撤廃され、遅刻早退の認定基準にもなっていない。

前記合意は、その直後の昭和二八年一〇月には生産委員会で改善の交渉が開始され、「汚れ落としの件」については、その上位機関である経営協議会で、昭和三〇年九月一三日に、一審被告会社の提案で「終業時間後一〇分出門を基準に、各職場で汚れ落とし時間の設定に入る」ことが合意されたが、その設定に社船発船時間が関係していることから、その改善が要求され、昭和三二年五月に発船時間が五分繰り上げられたことでほぼ全所的にその設定をみた。社船発船時間は、更に昭和三六年四月に五分繰り上げられたが、その際、一審被告会社からその主張する作業止め時間の具体的基準についての提案があったものの、現場の実態を無視した机上の作文であり、まじめに検討すべき対象でさえなかった。

4 労働基準法上の労働時間について

(一) 更衣等における時間的・場所的拘束

(1) 時間的拘束

被告の主張する「自由」、すなわち時間的拘束のないこととは、更衣や安全衛生保護具等の脱着に必要な時間が労働基準法上の労働時間ではないことを根拠付けるものではなく、その労働時間ではないと決めつけた取扱いの結果を抽象的に叙述しているに過ぎない。つまり、更衣や安全衛生保護具等の脱着に要する時間は労働基準法上の労働時間であるという別の見地に立てば、一般作業の場合と同様に必然的に更衣や安全衛生保護具等の脱着にかかる標準的、合理的、平均的必要時間の観念が労使間に成立し、この必要時間を基準として更衣や安全衛生保護具等の脱着に対する時間管理(被告が主張する「自由」を合理的に制約するルール)が行われるに至るからである。そして、この時間管理は、使用者が定めて個別労働契約の内容にすることもあり、また団体交渉や労使間協議を経て共同的に決定されることもある。

更衣や安全衛生保護具等の脱着が午前・午後の各始終業時間外でなされ、それ故使用者の直接的管理下になく、被告が主張する労働者の「私的自由」下にあるのは、単に使用者である被告がそうするように指示しているからに過ぎない。もちろん、私的自由を途中に介在させないで更衣や安全衛生保護具等の装着を一連の連続行為としてなす労働者も少なくないが、一般に「私的自由」時間内のことであり、また被告より始業時刻からラジオ体操開始に接続して右行為をなすべきことの格別の指示を受けているわけでもないので、更衣や安全衛生保護具等の装着並びにその後の歩行に要する時間の前後に「私的自由」時間が生ずるのは当然のことである。

(2) 場所的拘束

原告らが安全衛生保護具等の装着を法規によって義務付けられるのは、あくまでも職場に危険があり、かつ使用者によってその使用を命じられたときであるが、本件において原告らが更衣の一部として安全衛生保護具等の装着を始業時刻前から更衣所で義務付けられているのは、被告会社がその安全衛生保護具等を必要とする時と場所、その必要の度合、右保護具等を保管している場所との関係に照らし、時間的効率や費用を計算して必ずしも直接必要とされない更衣所での装着を命じているからである。そして、作業服や安全衛生保護具等の保管場所については、どこに保管しようが自由というわけでなく、あくまでも所定の保管場所以外で保管することが基本的には考えられていないのである。

(二) 作業服や安全衛生保護具等の装着義務

原告らは、現場作業において被告会社の支給する作業服またはこれに準ずるものの着用を義務付けられ、また安全衛生保護具や治工具についてもすべて被告会社によって貸与または支給され、その指示によって着用を義務付けられているのである。そして、原告らの義務は、業務遂行上使用者が負う義務に対応付随するものに過ぎず、使用者の義務を抜きにして労働者が単独で労働災害防止の義務を負うことはない。

また被告は、「更衣等を済ませただけではその後の労働の提供がなければ使用者に何らの利益もない」旨主張するが、作業服への更衣や安全衛生保護具等の装着は、職場における識別性、規律性、作業能率、災害防止等の観点において、それ自体使用者に積極的或いは消極的(損害賠償や社会的不名誉等の防止)な利益をもたらすものである。

(三) 労働基準法四一条の解釈

同条は、監視・断続労働に従事する時間も労働時間であることを前提にした上で、その労働の特性(一般に労働密度が疎である。)からみて、〈1〉一日、一週間の労働時間の上限、〈2〉休憩の付与義務及び〈3〉休日の付与義務に関する法的規制の適用を除外したものであり、それ以上でもそれ以下でもなく、労働密度が疎である労働に従事する時間は労働時間と見なくてもよいという論理は右条文には含まれていない。

(四) 労働力の占有論

労働力を物として扱う被告の占有論は現代的な労働法の適用のある本件事案には妥当しない。仮に占有の概念を本件に導入してみても、「社会観念上その人の事実的支配に属すると認められる客観的関係」とはどこからどこまでなのか、その判断は依然として未解決のまま残されるだけである。また使用者が労働力を継続的排他的に使用処分できる段階になって労働時間が開始するという被告の主張も、所詮は「労働力の提供そのもの」がなされない限り労働時間ではないという主張を占有の概念を用いて反復したにすぎないのである。

(五) 坑内労働者の入浴時間について

坑内労働者の労働時間は労働基準法上特別の位置にあり、「坑内労働については、労働者が坑口に入った時刻から坑口を出た時刻までの時間を休憩時間を含めて労働時間とみなす」(同法三八条二項)とされ、しかも終戦直後の炭鉱労働運動の高揚によって実際にはいずれの炭鉱においても「くりこみ場から坑口を経て坑口まで」が労働時間とされていたのである。また戦後はほとんどの炭鉱で鉱山と炭住街は同一地域ないし隣接していて地域共同社会を形成していた。このような特殊事情の下において、坑内労働者の入浴時間は労働基準法上の労働時間に算入されないという行政解釈(昭和二三年一〇月三〇日基発一五七五号)が行われたもので、それをもって、入浴なくして市民社会に復帰できない原告らと被告との間の労働関係を律することはできない。

5  就業規則の不利益変更について

およそ多数組合との間においても労働協約の変更をもって実現されるべき事柄については、使用者が一方的に定める就業規則によって変更することが許されるべきではなく、仮に多数組合との間で合意があったとしても、特に本件においては新始終業基準が従来の労働時間を大幅に変動させる内容を持つものであったから、原告らの所属する長船労組の合意なしに変更することはできないというべきである。

仮に、就業規則の変更が合理的なものである場合には許されるとする見解に拠ったとしても、被告は本件訴訟において、新始終業基準が隔週または完全週休二日制と一体であるので全体として労働者に有利であると主張しているが、現実には新始終業基準によって原告らが労働時間外に行わざるを得なくなった時間は、例えば、完全週休二日制の場合現場部門では一日当たり平均三八分、すなわち週一九〇分の労働時間延長となり、週五日労働となった場合の二時間の時間短縮(七時間労働六日間と八時間労働五日間との差)を超えてしまうのであり、また賃金においても月平均一万一二六七円にのぼる大幅な減収を原告らにもたらす結果となっており、全体としてもまた不利益変更である。

また、一審被告の主張する画一的、統一的実施には何らの合理性はなく、むしろ、複数組合が存在する場合、労働時間、賃金等重要な規範的労働条件について、異なる取扱いをする事例はある(例えば、組合毎に賃金増額交渉が妥結するまでその実施が見送られる)し、一審原告らが所属していた長船労組との労使交渉の経緯について事実に反する部分がある。

なお、被告会社においては、依然としてタイム・レコーダー制度が運用されている事業所が三事業所存在し、また各事業所の就業規則においても始終業基準や始終業の勤怠把握基準の規定につき相異なる三つの類型が併存し、長崎造船所と相違する規定をもつ事業所だけでも四事業所、社員一万七千人に及び、全社員四万六千人の四割弱を占めているなど、新始終業基準や新勤怠把握基準は未だ被告会社に定着しているわけではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一 被告は、昭和四八年六月当時肩書地に本社を、長崎・下関・広島・神戸・名古屋・横浜・その他の地区に一三の事業所を有し、船舶・各種機械等の製造修理等を行っていた株式会社であり、原告らはいずれも当時被告会社長崎造船所の従業員で、かつ長船労組の組合員であったことは当事者間に争いがない。

二 本件訴訟に至った経緯

1 昭和四六年末までの始終業管理に関する労使間の交渉状況について

成立に争いのない甲第五二ないし第五四号証、第六一ないし第六四号証、第七二号証、第八一ないし第八三号証、乙第一六号証、第四二号証、第四三号証、第四六号証、乙第四二号証により真正に成立したものと認められる乙第四九号証の一、二、第五〇ないし第五二号証、乙第四三号証により真正に成立したものと認められる乙第五四号証、第五七号証、証人西村卓司の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第二号証、第二五ないし第二七号証、第五六ないし第五九号証、原告歳田忠顕本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四七号証、第六〇号証、乙第一五号証、第四七号証、第四八号証、第五三号証、第五六号証、第九〇号証、第九一号証、証人西村卓司の証言(第一回)によると、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(一) 被告会社長崎造船所においては、戦後就業規則によって就業時間(労働時間は午前八時から正午までと午後一時から午後四時までとし、休憩時間は正午から一時間)のみが定められ、始終業時刻において労働者がいかなる状態にあるべきかといった始終業基準については特に規定は存在しなかった。また始終業における勤怠把握方法は、工員につき職札によって行われていた。

(二) ところで、昭和二八年六月二〇日被告会社(当時は三菱造船株式会社と称し、その後昭和三九年六月合併により現在の商号となる。)長崎造船所では、折りからの造船不況により経営が困難な状況にあり、それを打開するため同造船所内の唯一の労働組合であった三菱造船労働組合長崎造船支部に対し、時間励行・能率増進運動大綱案(乙第五一号証)を示してその協力を求め、その審議のための生産委員会の開催を申し入れた。その結果、同月二九日右組合との間で場所(事業所)生産委員会が開催され、被告会社は時間励行・能率増進運動の趣旨(始業・終業時刻を励行し、かつ就業時間中完全に作業を実施することにより能率の向上を計る)を説明するとともに、同年七月一日から二か月間を右運動の強調期間として提案したところ、右組合はこれらに対しては異議を述べず、ただ入浴洗面等の時間外励行等の提案についてその態度を保留した。その後同年七月二日には第二回場所生産委員会が開催され、次のような結論に達した。

(1) 現行どおり終業時刻は午後四時、開門時刻は終業時刻後五分とするが、社船発船時刻は同月七日から現行の午後四時二〇分より午後四時三〇分に変更する。

(2) 作業止時刻設定の基準時を午後四時一〇分とし、手洗・洗面及び入浴は終業後一〇分間で行うものとするが、その一〇分間で不足する職種等については実情に応じその不足時間を終業時刻に食い込んで作業止時刻を設定するものとする。

以下略

(三) しかし、その後すぐに右組合の組合員から時間励行・能率増進運動に対する不満が起こり、同年一〇月一二日開催された同組合の代議員会において、「汚れ落としは作業時間内に行う原則を確立せよ。終業時の退門は定時後五分とし、船の発船を定時後二〇分とせよ。」等の場所生産委員会での会社に対する要求が提案された。

その後も組合は、昭和三〇年二月第二次合理化の問題に関し、「終業時の社船発船時刻を終業時後二〇分後に繰上げられたい。作業の後始末、汚れ落としは一切作業時間内に行うことを認められたい。」等の二〇項目の要求事項を付して被告会社に対し場所経営協議会の開催を申し入れたのを初めとして、被告会社との間で場所経営協議を重ねて社船発船時刻の繰上げや汚れ落としをして定時後一〇分に出門できることを前提とした作業止時間の設定等の要求を協議し、昭和三一年一一月一七日の場所経営協議会において、被告会社は「作業止時間は作業の性質もあり、所内一律に決定できないのでその内容によって決めたい。社船は現在終業三〇分後に発船しているが、五分早めて二五分後に出したい。」旨の回答をした。そして、翌三二年五月一八日の場所経営協議会において、同月二五日を目標として社船発船時刻を午後四時二五分に繰上変更する旨の合意が成立した。

(四) さらに右労働組合は、被告会社に対し社船発船時刻を終業後二〇分に繰上げるよう要求し、昭和三五年三月五日同組合の総ざらい要求に関する第一回場所団体交渉において、組合が社船発船を終業後二〇分とされたいと要求したのに対し、被告会社は、作業時間が守られておらず、早仕舞いの傾向にあり、また右要求に関し一〇分出門を基準として作業時間を決め、この決められた時間が完全に守られ、しかも二〇分に間にあうことが双方で確認された時に二〇分にするという従来の回答を繰り返して、同要求妥結には時間励行が守られることが前提であるとの態度を示し、組合に対し時間励行の実態についての調査を提案した。そして、同年七月二一日の場所団体交渉において、被告会社は作業止の実態調査の結果を報告した。その内容は、八〇パーセント以上の人員が作業を止めていた時刻は、船殻工作部の船台で一二分前、同内業で一〇分前、艤装工作部の船台で一六分前、同艤装船で一三分前、同内業で六分前、造機工作部で三分前であり、二〇分以上も前に作業を止めていた者も多くいたというものであった。そこで、被告会社は、相当早仕舞いの傾向があるので、「定時に控所に着くということで作業止時間を設定し、洗面入浴等は時間外に行うことにしたい。それが確実に履行されるという約束がなされるならばそのうえに立って二〇分発船で間に合えば二〇分にしてもよい。」という提案を行った。これに対して労働組合は、発船を二〇分にするという前提ならその他のことは協力したい旨を解答した。

その後昭和三六年三月二四日に開催された総ざらい要求に関する場所団体交渉において、被告会社は、具体的作業止時刻として、屋内作業については定刻五分前を、屋外作業については原則として一〇分前を設定し、それを確実に守るということであれば二〇分発船に踏み切りたい旨の回答を行った。これに対し、労働組合は時間励行を条件とすることに問題を投げかけて協議を重ね、被告会社も時間励行を条件ではなく、期待として二〇分発船に踏み切ると言い、組合においても検討することになった。そして、同年四月六日の場所団体交渉において、組合は被告会社の右回答を了承し、社船は午後四時二〇分発船となったが、右団体交渉の際組合は「時間励行は二〇分発船の条件ではなく、会社の期待ということで承っている。」と述べた。

なお、勤怠把握方法として、昭和三三年ころから昭和三七年ころにかけて現場作業者についても職札制からタイム・レコーダー制に変更されるようになり、同年四月以降は被告会社長崎造船所の全所でタイム・レコーダーによる勤怠把握が行われるようになった。そして、タイム・レコーダー制においては、始業時刻の午前八時までにタイム・レコーダーを打刻すれば遅刻にならず、また終業時刻の午後四時以降にそれを打刻すれば早退にならなかった。

(五) その後昭和四〇年に至り、折りからの不況と昭和三九年六月の被告会社の合併による経営体質の改善対策の一貫として、被告会社長崎造船所においては、事業所改善対策が検討推進されていたところ、その改善対策との関係で合理化問題に関する場所団体交渉が同年八月一七日に行われ、組合(当時は全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会と称していた。)は、労働条件に関連するものは事前に組合と協議すべきであり、昭和三六年に社船を二〇分後発船にした際の時間励行は条件ではなく、会社の期待であると主張したのに対し、被告会社は、時間励行に組合の協力を期待して二〇分発船に踏切ることにし、組合もこれを了承したので具体的作業止時間の設定を基準としてやると言い、組合もそれに協力を期待させることを了承しているので改めて組合との協議を要しない、本来所定就業時間というのは、その時間いっぱい働くのが原則であると回答した。また第二機械工場における時間励行(工場長が作業止は五分前、手洗はサイレンがなってからにせよと指示したうえ、これに従わない場合には処分することがあると発言したことに対し、組合は一〇分前作業止が慣行であって、これを変更する場合は事前に協議をするよう求めたが、工場長は昭和三六年に話合いができているので改めて協議の必要はないと回答した件)に関する場所団体交渉が同月二六日に行われ、組合は、従来午前八時入場、午後四時退場、汚れ落としは作業に不可欠のものとして時間内にやるべしと一貫して主張しており、昭和三六年の論議の際もその点で会社主張と食い違ったままで二〇分発船にしたもので、時間励行(作業止時刻の設定)は会社の期待であって条件ではないので、その点に関する実施は改めて組合と協議すべきであると主張したのに対し、被告会社は同月一七日の回答と同趣旨の回答を行った。さらに、組合は、被告会社長崎造船所の従業員へのビラ配布により「入門から退門までが労働時間である。汚れ落としは仕事のうち。」と主張し、これに対し、被告会社は、誤解を防ぐため反論として会社見解をとりまとめた通知を同造船所勤労部管理課長名で各部課工場長宛に送付した。

(六) 昭和四〇年一二月被告会社長崎造船所における唯一の労働組合であった右長船分会から長船支部が分裂結成され、同支部は右造船所の従業員の過半数を擁する多数組合となり、他方長船分会は少数組合となった。

そして、その後も長崎分会においては、被告会社が求める時間励行に対する不満があり、昭和四二年九月被告会社長崎造船所と長船分会との間で場所経営協議会が開催され、長船分会から「昼のサイレンがなったら飯が食えるようにせよ。仕事の汚れは時間内に落とさせよ。」等の要求がなされたが、被告会社は「時間いっぱい仕事をされたい。汚れ落としは時間外にされたい。」と回答した。

(七) その後被告会社と長船分会との間では時間励行に関する問題について時間短縮及びその実施に伴う諸対策に関する労使間の交渉まで協議機関で論議されることはなかった。そして、昭和四五年九月長船労組が長船分会から分裂結成されるに至った。

なお被告会社は、昭和四二年一一月、昭和四五年一一月に、重工労組との間で労働協約(乙第九〇、第九一号証)を締結したが、その中では労働時間及び休憩時間についてのみ定められていた。

2 時間短縮をめぐる労使間の交渉状況について

成立に争いのない甲第九〇ないし第九六号証、乙第五号証、第一七号証、第一八号証、第二七号証、第四〇号証、第六一号証、第六二号証、第六五号証の一ないし四、第八八号証、第八九号証、第三九二号証の二・第三九七号証の二、三(原本の存在とも)、原告草野光善本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証、第一三号ないし第一五号証、第一八号証、第八四ないし第八九号証、証人江島正彬の証言により真正に成立したものと認められる甲第二八号証、第二九号証、乙第一号証、第二号証、第三五号証、第三八号証、第三九号証、第四一号証の一、二、証人杉山幸一の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証、第四号証、第三七号証、第五九号証、第六〇号証、第六三号証、第六四号証の一ないし四、第六六号証の一ないし三、第六七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、第一一号証、第二〇号証、第二一号証、乙第九二号証の一、二、第九三号証の一、二、証人江島正彬及び同杉山幸一の各証言、原告草野光善本人の尋問結果によると、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(一) 長船労組は、昭和四六年二月被告会社に対し、第一、第三、第五土曜日を休日とするいわゆる隔週週休二日制を内容とする時間短縮を要求し、また重工労組及び三菱支部も同様に同年三月被告会社に対し隔週週休二日制の実施を要求した。それに対し、被告会社は、同年六月二日重工労組に対し次のような隔週週休二日制の大綱を示し、同月一〇日には三菱支部に対し同様にその大綱を示した後、同年八月六日長船労組に対しても右大綱を示した。

(1) 労働時間

労働日の労働時間は七時間三〇分とする。

以下略

(2) 休日

ア 日曜日

イ 毎月第一、第三及び第五土曜日

以下略

(3) 賃金措置

所定時間内賃金は現行どおりとする。

以下略

(二) また被告会社は、同年八月七日重工労組との合同中央生産委員会において、時間短縮に伴う諸対策案として、次のような具体的内容を提示した。

(1) 現在、各事業所における始終業の実態は必ずしも一様ではないので、この際、全社統一の基準を設定し運用していく。

具体的始終業基準は、次のとおりである。

始業前    始業に間に合うよう更衣などを完了し作業場に到着する。

始業     所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

午前の終業  所定の終業時刻に実作業を中止しその後食堂、休憩所へ向う。

午後の始業前 午後の始業に間に合うよう遊戯などをやめて作業場に到着する。

午後の始業  所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

終業     所定の終業時刻に実作業を終了する。

終業後    手洗、洗面、入浴、更衣などを行う。

残業時    右記各項に準ずる。

(2) 勤怠把握方法

自己申告制と所属長の確認を基本とする新しい勤怠把握方法の導入をはかる。当面、造船関係事業所については、その導入を急ぐこととし、その他の導入を急がない事業所については、当分の間、タイム・レコーダーによる勤怠把握を継続するが、この際、必要に応じ、始終業基準に即応しうるようタイム・レコーダーの再配置などを行う。具体的には事業所と支部で協議して決める。

そして、被告会社は、同月三一日長船労組との団体交渉において、重工労組に提示したのと同様の時間短縮に伴う諸対策を提案した。

(三) その後被告会社は、各労働組合との間で、隔週週休二日制を内容とする労働時間短縮及びそれに伴う諸対策について交渉を行った結果、重工労組との間では、同年一〇月五日時間短縮の大綱につき妥結したうえ、同年一二月一五日には中央で労働時間短縮及びその実施に伴う諸対策に関する協定(乙第二号証)を締結し、さらに同月一八日には被告会社長崎造船所の事業所経営協議会で同造船所における時間短縮実施に伴う細部事項について妥結した。

また被告会社は、三菱支部との間で、同月一六日労働時間短縮の大綱について妥結したうえ、同月二七日には中央で労働時間短縮及びその実施に伴う諸対策に関する協定(乙第一号証)を締結し、さらに同日被告会社長崎造船所の三菱支部長船分会との場所経営協議会で同造船所における時間短縮実施に伴う細部事項について妥結した。

被告会社と重工労組、三菱支部との間で締結した協定内容の概要は、次のとおりである。

(1) 労働日の労働時間は七時間三〇分とする。

(2) 休日は、現行の休日のほかに、毎月第一、第三及び第五土曜日を休日とする。

(3) 労働時間短縮実施に伴う諸対策

ア 始終業管理の改善

あ 始終業基準は前記(二)(1)のとおり。

注1 管理、設計部門においても、この基準に準じて運営する。

2 船内作業者(沖係留船を除く)については、「船」を作業場とする。従って、作業場到着とは乗船を完了することをいい、終業時に実作業を終了し作業場を離れるとは、下船を開始することをいう。

3 用語の定義は次のとおりとする。

(一) 実作業

始業付帯作業、本作業および終業付帯作業

(二) 始業付帯作業

準備体操、朝礼、動力源、冶工具・材料等の段取、図面・作業指示書等の点検、機械装置の注油・点検およびならし運転等の作業

(三) 本作業

本来の作業

(四) 終業付帯作業

製品・部品の整理・防錆その他保全処置、機械・装置・運搬車両等の停止・火止め・点検整備、冶工具・計測具等の整理、残材の回収・整理等の作業

い 右始終業基準を原則どおり実施するための対策には時日を要するものもあるので、当面の措置として次のとおり処理する。

(ア) 造船外業の作業については、作業場が極めて遠いのが一般的であることに鑑み、各事業所の実情に基づき、必要に応じ午前・午後の終業について各々五分以内のアローワンス時間を設けることとする。

(イ) 特別の遠隔地(歩行時間約一五分以上)で作業する者に対しては、できる限りの対策を講ずるが、対策不能の場合には、午前及び午後の終業につき特別にアローワンスを設けることがある。

(ウ) 造船外業の作業に従事している者は、遅くとも午後の所定始業時刻の五分前に吹鳴する予鈴をもって、控所を出発し、作業場に向かうものとする。

う 準備体操は作業場近辺の所定の場所で行うものとし、具体的には事業所ごとに決める。

え 汚染作業については、特にアローワンス時間は設けないが、汚染著しく、真に必要と認められる場合には、その都度必要な措置を講ずるものとする。

イ 勤怠把握方法の改善

自己申告と所属長の確認を基本とする新しい勤怠把握方法の導入をはかることとする。具体的には事業所の実情に応じ、可能なところから実施することとし、事業所と重工労組長船支部或いは三菱支部長船分会とで協議する。なお、始終業基準に即応するため、次のとおり措置を講ずる。

あ 新しい勤怠把握方法を採用する場合の始終業の勤怠は、更衣を済ませ始業時に体操を開始すべく待機しているか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断することとする。

い 当面タイム・レコーダーを存続する場合も前記あを基本的考え方とし、始業時は更衣後打刻、終業時は更衣前打刻を基準とする。そのため必要があればタイム・レコーダーの移設等を行う。

なお、被告会社は、翌四七年三月重工労組および三菱支部との間で協定された始終業基準及び勤怠把握の方法等を社員就業規則細部取扱(乙第六五号証の一ないし四)の中に挿入した。

(四) 他方、被告会社と長船労組の間においては、被告会社から昭和四六年一二月二一日長崎造船所における諸対策の具体的適用基準が提案され、同年末まで一連の会社提案について質疑応答が行われたが妥結に至らず、翌四七年一月五日から団体交渉が再開され、同月七日には長船労組から始終業管理の提案を切り離して時間短縮の提案についてのみ了承する旨の意思表明があり、被告会社もこれに同意したため、時間短縮については翌八日から実施され、また始終業管理の提案については継続して協議をすることになった。そして、同年三月から団体交渉が再開され、長船労組は労働省や労働基準監督署等に対する調査・照会の結果被告会社提案の始終業管理は労働基準法等に違反する疑いがあるとしてその撤回を求めたが、被告会社は他組合とも妥結して違法なものではないとしてこれを拒み、同年四月二六日には被告会社側の交渉委員が協議中に退席したため交渉は中断した。その後同年八月には団体交渉が再開されたが、同年一〇月二五日には被告会社が長船労組組合員に対しロックアウトの措置をとるといったこともあって、交渉は一向に進展しなかった。

(五) ところで、被告会社に対し、同年一〇月三〇日三菱支部より完全週休二日制実施の要求がなされ、同様に長船労組より同年一一月二日、重工労組より同月一一日それぞれ完全週休二日制実施の要求がなされたので、被告会社は、労働日の所定労働時間を八時間、所定労働時間内賃金は現行どおりとする完全週休二日制を翌四八年四月一日から実施することとして、各組合にその大綱を提案することになった。

そこで、被告会社は、まず重工労組に対し右大綱並びに完全週休二日制実施に伴う諸対策等を提案して妥結し、同年三月七日中央において次のような協定(乙第三号証、第二七号証)を締結した。

(1) 労働日の所定労働時間は八時間とする。

(2) 現行の休日のほかに毎月第二及び第四土曜日も休日とする。

(3) 完全週休二日制実施に伴う諸対策として、隔週週休二日制実施時に協定した事項の完全励行

ア 始終業管理の改善

全社統一の始終業基準の完全励行をはかるため事業所と支部で協議する。なお、これに関連し、会社は設備面、施設面の改善にできる限りの努力をする。

イ 勤怠把握方法の改善

自己申告と所属長の確認に基づく新しい勤怠把握方法を未だ実施していない事業所はできる限り早期に実施すべく努力し、具体的には事業所と支部で協議する。

(六) また被告会社は、重工労組長船支部との事業所交渉を妥結させ、同年四月一日次のような事業所協定(乙第四号証)を締結した。

(1) 労働時間及び休憩時間(一般部門)

労働時間 午前八時から午前一二時まで

午後一時から午後五時まで

休憩時間 午前一二時から午後一時まで

(2) 始終業基準は、会社と重工労組間の協定内容による。

なお造船外業に従事する者(含む艤装・修繕)については次のとおりとする。

ア 午前の始業

あ 作業場最寄りの所定の場所で始業時から準備体操を行うものとする。なお岸壁作業者等についてもこれに準じてバスの配車を行う。

い 修繕部のバス発車については部段階で協議のこととする。

イ 午前の終業

あ 五分以内のアローワンス時間を設けることとし、具体的にはアローワンスのつかない作業者との関係を考慮し、実施基準について部段階で協議のこととする。但し、控所との距離が近いところについては、一二時に下船を開始するものとする。

い 岸壁作業者等についても上記に準ずることとする。

ウ 午後の始業

午後の所定始業時刻の五分前に吹鳴する予鈴をもって遅くとも控所を出発し、作業場に向かうものとする。なお岸壁作業者についてもこれに準ずることとする。

エ 午後の終業

午前の終業に準ずることとする。

(3) 社船発船時刻(長崎地区)

ア 朝入場時 午前七時三〇分発

イ 夕退場時

あ 定時  午後五時三〇分発

い 残業時 午後六時三〇分発

(4) 勤怠把握方法

ア タイム・レコーダーを廃止し、自己申告と所属長の確認を基本とする勤怠自己申告制を実施する。

イ 始終業の勤怠把握の基準については会社・組合間の協定内容による。

(七) 以上の各協定に基づき、被告会社は、予定どおり完全週休二日制を実施するため、同年四月一日付で労働時間帯の変更及び始終業基準の新たな挿入等を内容とする社員就業規則の一部変更を意図し、重工労組の同意を得て、同年三月三〇日長崎労働基準監督署長に対し右変更の届出をした。

(八) 他方、被告会社は、同年一月一八日長船労組に対し右完全週休二日制の大綱を提案し、既に提示済みの始終業基準を含む時間短縮に伴う諸対策に対する協力を求めて更に団体交渉を継続し、その間完全週休二日制実施に伴う諸対策案を提示したが、完全週休二日制実施予定日を経過した同年四月六日に長船労組が休日及び就業時間帯の提案についてのみ了承し、始終業基準については、労働基準法上・雇用契約上の問題等があるので労使間の論争を訴訟に移行するとともに、勤怠把握方法の改善については反対との態度表明を行った。これに対し、被告会社は時間短縮とその実施に伴う諸対策は一体のものであるので妥結することはできないとしながらも、多数の従業員が新しい始終業管理に従っているので混乱等が起きないよう長船労組組合員への指導を要請するとともに、勤怠把握方法の改善についての協力方を要請した。

なお、三菱支部及び同下部組織である長船分会も、同年三月三〇日までに完全週休二日制及びその実施に伴う諸対策について妥結できない旨の態度を表明し、被告会社との間で妥結に至らなかった。

(九) その後被告会社は、同年六月一日からタイム・レコーダーを廃止し、自己申告と所属長の確認を基本とする勤怠自己申告制を実施する意図の下に、同年五月九日長船労組に対し勤怠自己申告制の内容等を説明して質疑を行ったが妥結できなかった。

しかし、被告会社は、予定どおり実施するため、同年六月一日付で始終業の勤怠は更衣をすませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断するという始終業の勤怠把握基準の挿入を内容とする社員就業規則の一部変更を意図し、重工労組の同意を得て、同年五月三一日長崎労働基準監督署長に対し右変更の届出を行った。

(一〇) 従って、被告会社が昭和四八年四月一日付及び同年六月一日付で行った始終業基準及び勤怠把握基準に関する就業規則変更の内容は、次のとおりである。

(1) 始終業基準

始業前    始業に間に合うよう更衣などを完了し、作業場に到着する。

始業     所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

午前の終業  所定の終業時刻に実作業を中止し、その後食堂・休憩所へ向う。

午後の始業前 午後の始業に間に合うよう遊戯などをやめて作業場に到着する。

午後の始業  所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

終業     所定の終業時刻に実作業を終了する。

終業後    手洗、洗面、入浴、更衣などを行う。

残業時    右記各項に準ずる。

注1 管理、設計部門等においても、この基準に準じて運営する。

2 船内作業者(沖係留船を除く。)については、「船」を作業場とする。

従って、作業場到着とは乗船を完了することをいい、終業時に実作業を終了し作業場を離れるとは、下船を開始することをいう。

3 用語の定義は次のとおりとする。

(1) 実作業

始業付帯作業、本作業及び終業付帯作業

(2) 始業付帯作業

準備体操、朝礼、動力源、冶工具、材料等の段取、図面・作業指示証書等の点検、機械装置の注油・点検及びならし運転等の作業

(3) 本作業

本来の作業

(4) 終業付帯作業

製品・部品の整理・防錆その他保全処置、機械装置・運搬車両等の停止・火止め・点検整備、冶工具・計測具等の整理、残材の回収、整理等の作業

(2) 始終業の勤怠把握基準

始終業の勤怠は、更衣をすませ始業時に体操をすべて所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する。

三 昭和四八年六月当時原告らが所定労働時間外に行った諸行為について

1 昭和四八年六月当時における原告ら主張の労働時間起終点(もとタイム・レコーダーが設置してあった場所で、原告らが労働時間の起終点であると主張している場所)、作業場、控所(更衣所)、体操場、食堂、浴場、定刻ライン(実施基準線)並びに入退場門の各位置が別表一の(1)(2)(但し、竹内光美関係分を除く。)及び別図1ないし8(但し、竹内光美関係分を除く。)のとおりであること、また原告らの始業時、終業時における作業服、安全衛生保護具、治工具等の着脱はいずれも控所(更衣所)でなされるが、午前の終業時、午後の始業時における最小限のそれらの更衣については、造船部門の原告氏家、同中西、同歳田、同石尾、(※)同中村直士、同本村は更衣所で、造機部門では一審原告野中、同長谷川、同栗原、同城谷、同木山、同小林、同増田は更衣所で、原告進藤、同田浦、同久保田、同草野は現場控所で、他の原告らはいずれも作業場(更衣所)においてなされることは当事者間に争いがない。

2 成立に争いのない甲第一六〇号証の一ないし三、第二〇一ないし第二〇八号証の各一、第二〇九号証、第二一〇ないし第二二八号証の各一、第三一七号証の一、原告久保田達郎本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第一五五号証、第一七〇号証、第二三八号証、第二四四号証ないし第二七〇号証、同本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によると、原告らは、前記のとおり就業規則が変更され、それに従わないと不利益処分を受けるおそれがあるため、昭和四八年六月一日から同月三〇日までの間、所定労働時間外において一部の実作業(業務依頼を含む。)のほか、作業服、安全衛生保護具、治工具等の受出し、着脱、格納・保管、返還・交換、副資材や消耗品等の受出、散水、洗面、手洗、入浴等の行為並びに入門して元タイム・レコーダーが設置されていた場所(原告らが労働時間起終点位置と主張する場所)を通り、更衣所を経て準備体操場までの歩行、終業時の作業場から更衣所を経て元タイム・レコーダーが設置されていた場所を通って退門までの歩行、休憩時間(残業時の夕食時も含む。)の際の作業場から食堂までと食堂から作業場までの各歩行を行ったが各原告らが所定労働時間外に行った具体的行為の内容及びそれに要した時間は別紙三の(1)ないし(24)(26)ないし(28)(但し、(6)(21)についてはその2)記載のとおりである(もっとも、原告らは、入門から退門までの間の所定労働時間外においてなした行為は右の諸行為だけではなく、それ以外にも雑談や新聞等の閲読、組合活動等の私的行為を行っているが、原告らがそれに要した時間が労働基準法上の労働時間または慣行上ないし労働契約上の労働時間であると主張していないものは記載していない。)ことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

四 そこで、原告らは、被告会社の昭和四八年四月一日付及び同年六月一日付の各変更にかかる就業規則が、一日八時間の所定労働時間外に、始終業時における作業服や安全衛生保護具等の着脱、手洗、洗面、入浴、始業時における入門から元タイム・レコーダーが設置してあった場所を通り更衣所を経てラジオ体操場までの歩行、終業時の作業場または実施基準線から退門までの歩行、休憩時間における喫食前の安全衛生保護具や治工具等の脱離、手洗、午後の始業時の安全衛生保護具や治工具等の装着をなすべきものと定めているが、これらに要する時間は労働基準法上の労働時間であって、これらの行為を就業規則で所定労働時間外に義務付けると原告らの労働時間は労働基準法三二条の規定する一日八時間の制限を超過することになるから、右就業規則の定めは労働基準法に違反して無効であると主張し、同規則の変更によって所定労働時間外に行うことを余儀なくされた行為で、それに要する時間が労働基準法上の労働時間に該当するものにつき、被告に対し賃金の支払を請求しているので、以下判断する。

1 労働基準法三二条の規制の対象となる労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、使用者の指揮監督下に労務を提供している時間をいうと解されるところ、右労務の提供のうちには本来の作業に当たらなくとも、その作業を遂行するため必要不可欠ないし不可分の行為も含まれるというべきである。

まず、入門から退門までの所定労働時間外においてなされた諸行為について、それらに要する時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かを検討する。

(一) 午前の始業前

(1) 入門ないし元タイム・レコーダーが設置してあった場所から更衣所ないし控所までの歩行については、入門ないしタイム・レコーダーまでの通勤歩行と同様労務を提供するための労務提供者の負担においてなすべき準備行為にすぎず、使用者の指揮監督下に労務を提供しているとはいえないので、右歩行に要した時間は労働基準法上の労働時間ではない。

(2) 更衣所ないし控所における作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着について

ア 前記のとおり労務の提供のうちには本来の作業に当たらなくとも、法令、就業規則、または職務命令等によって労働者が労務の提供を開始するに当たって義務付けられ、これを懈怠したときは不利益取扱をうけることから、必要不可欠ないし不可分の準備行為とされているものも含まれるというべきである。すなわち、労働者が従事する作業の性質いかんによっては、法令により業務上の災害防止の見地から作業服及び安全衛生保護具等の装着が義務付けられている場合があり(労働安全衛生法四条、二六条、同規則一〇五条、一一〇条、五二〇条、五五八条、五九七条等)、これらの装着は本来の作業を遂行するため必要不可欠な準備行為であるから、それは使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間は労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。また使用者が労働契約上の安全配慮義務を尽くすため作業上の安全確保の見地から作業服及び安全衛生保護具等の装着が就業規則等で労働者に義務付け、或いは使用者が作業能率の向上、生産性の向上、職場秩序の維持など経営管理上の見地から労働者に作業服及び安全衛生保護具等の装着を義務付け、これを懈怠した場合就労を拒否され不利益を課される場合があるが、このような場合も作業服及び安全衛生保護具等の装着は本来の作業を遂行するにあたり必要不可欠ないし不可分の準備行為といえるから、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。

イ そこで、これを本件について見るに、成立に争いのない甲第九七ないし第一〇〇号証、第一〇四号証、第一〇七号証、第一〇八号証、第一一九号証、第一二〇号証、第一二二ないし第一三一号証(但し、第一二二号証及び第一二三号証の書き込み部分及び訂正部分は除く。)、第一三三号証、第一三五号証の四、第二九五号証ないし第二九八号証、第三〇一号証の一ないし三、作業服及び安全衛生保護具を撮影した写真であることに争いのない甲第二三五号証の二ないし一三、被告会社長崎造船所における掲示物を撮影した写真であることに争いのない同号証の一四ないし一八、原告氏家久博の携行治工具等を撮影した写真であることに争いのない甲第二三六号証の二ないし四、前掲甲第一六〇号証の一ないし三、乙第八八号証、第八九号証、原告久保田達郎本人尋問の結果(第二回)並びに弁論の全趣旨によると、原告らが、昭和四八年六月当時、更衣所等(現場控所での安全帽や脚絆の装着等も含む。)で更衣・装着した作業服・安全衛生保護具等は、別表二の(1)(但し、竹内光美関係分を除く。)のとおりであること、そして、原告らは、労働安全衛生法規や被告会社の諸規則に基づく上長の指示により、実作業にあたり作業服への更衣及びその更衣の一部として連続してなされる範囲の安全衛生保護具等の装着を義務付けられていて、原告らがなした右作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着はその義務に基づくものであり(もっとも、原告らが現実になした作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着のうち、本来の作業の準備行為とは全く無関係の行為がなされたとする反証はないのみならず、仮にそのような行為があるとすれば、それは義務付けられた作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着と同一の機会になされたものと推定される)、これを懈怠すると、場合によっては就業規則に定められた懲戒処分や就業拓否の取扱いを受け、また成績考課に反映されて賃金の減収にもつながることが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

従って、原告らがなした右作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着は本来の作業に不可欠の準備行為であって、使用者の指揮監督下における労務の提供といえるから、右更衣等に要した時間は労働基準法上の労働時間というべきである。

ウ 被告は、原告らが行った作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着は、労働安全衛生法規上労働者に対し課せられた労働者自身の義務の履行として、或いは使用者が労働契約上負っている安全配慮義務に対応して労働者自身が信義則上負担している協力義務の履行として行ったに過ぎないので、一審原告らは、一審被告会社の指揮監督下にある訳ではなく、従って、その行為に要する時間は労働基準法上の労働時間ではないと主張するので、この点について判断する。

なるほど、労働者は、労働安全衛生法四条及び二六条等によって使用者が講ずる安全衛生措置に応じてこれに協力し、かつ必要な事項を遵守する義務を負っている。しかし、これは、使用者が労働災害の防止等の責任の大半を負うべきものではあるが、事の性質上労働者もこれに協力して必要な事項を遵守しなければ万全ではないという趣旨に基づくものであって、その労働者の義務はあくまで使用者の負う義務に対応付随するもので、使用者の負う義務の遂行と切り離して存在するものではないから、前記のとおり使用者の義務の履行としての明示的または黙示的指示に基づく作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着は使用者の指揮監督下における労務の提供というべきである。また使用者の労働契約上負っている安全配慮義務に対応して労働者がその協力義務の履行として作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着を行う場合でも、その義務の主体は使用者であって、労働者は付随的に協力義務を負っているにすぎず、それは使用者の負う義務の遂行と不可分の関係にあるから、この義務の履行としての右作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着も使用者が指揮監督下における労務の提供ということができる。

従って、被告の右主張は採用しない。

エ また被告は、本来労働者が労働時間中に義務付けられてなす行為は時間的・場所的拘束があるのに比べ、更衣及び安全衛生保護具等の装着については時間的・場所的拘束はなく、身体的・精神的緊張も少ないうえ労働密度も疎であるから(その趣旨は労働基準法四一条にも表れている)、労務の提供といえないと主張するので、以上判断する。

労働基準法上の労働時間は客観的に定まるもので、労務の提供と目されるある行為に社会通念上合理的に必要と認められる範囲の時間が労働基準法上の労働時間ということができ、仮に私的行為をしながら労務提供をしたならば、それに要した時間から私的行為に要した時間を控除した時間が労働基準法上の労働時間ということになるのであり、労務提供の行為中に私的行為が介在したとしても、それによって労務提供性が否定されるものではない。また時間的拘束性についても、たまたま就業規則で午前八時以前に作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着をなすことを規定し、それによってそれらの行為が所定労働時間外の自由時間の中でなされるべきものとしているため私的行為が介在してそれらに要する時間に余分の時間が含まれることになるのであって、仮にそれらの行為を所定労働時間内でするならば使用者の指揮命令によってそれらの行為に社会通念上合理的に必要と認められる時間でなされることとなり、時間的拘束を受けることになるということができる。さらに前記イで掲示した証拠によると、原告らはその支給或いは貸与された作業服や安全衛生保護具等を任意の場所に保管できるわけではなく、被告会社で指定された場所に整理して保管することが義務付けられていると認められるから、場所的拘束性がないとはいえない。また、構内道路H棟付近における出勤状況の写真であることに争いのない乙第一二一号証の一三、一五によれば、作業服で通勤している者がいることは認められるが、それは義務付けられる性格のものではなく、労働者が労働時間内に行える更衣を任意にその時間外に行っただけであって、例外的な場合であり、右の結論に何ら影響するものではない。

なお、労働基準法四一条は、常態として監視・断続労働に従事するものを対象として、その労働の特性から、一日、一週間の労働時間の上限、休憩、休日の付与義務に関する法的規制の適用除外を規定したものであるに過ぎず、労働密度が疎であるが故に労務提供性を否定するものではないので、その考え方を本件に適応することはできない。

従って、被告の右主張も採用できない。

オ さらに、被告は、作業服への更衣等を済ませただけでその後の労務の提供がなければ使用者には何らの利益にもならないので、それは労務の提供とは区別された準備行為に過ぎないと主張するので、判断するに、なるほど、作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着のみでは使用者に生産活動による利益はもたらさないが、しかし、それらは職場における秩序維持、作業能率の向上、災害防止等の観点において使用者に利益をもたらしているうえ、前記のとおりそれらの行為が本来の作業と不可欠ないし不可分の関係にあるので、それのみを取り上げて論ずることは妥当とは言い難い。

従って、被告の右主張も採用することができない。

カ また被告は、労働基準法上の労働時間につき、通説は「使用者が労働者を指揮命令の下においている時間である」と定義しているが、それは「使用者の指揮命令により何かをさせている」というだけのことを意味するのではなく、「指揮命令下においていると評価できる状況」、言い換えるならば、使用者の支配の程度・強弱を評価して一定の程度以上のものを意図しているのであり、従って、更衣等を義務付けているから労働であるとする考え方は右の「指揮命令により何かをさせている」という表現と同義であって、「指揮命令の下においている」ということはできず、また「労務の提供と不可分不可欠だから労働である」という表現も単に労働との関連性を考えているに過ぎず、更衣等における使用者による支配の程度・状況を考慮していないので、「指揮命令の下においている」ともいえないし、さらに、「指揮命令の下においている」とは「労働者が使用者の自由な処分のもとにある」ことを意味し、それは民法上の「占有」と類似しているところ、作業服への更衣等は労働者が自由にできる時間内の行為であって、民法の占有の要素である「所持」の要件である使用者の継続的排他的な支配が労働力に対し存在しないので、使用者による労働力の占有は存在せず、右更衣等が「指揮命令の下においている」とは評価できないとも主張するが、それは被告の労働基準法上の労働時間に関する独自の解釈に過ぎず、当裁判所の採用するところではない。なお、被告は右主張を支持するものとして、日野自動車工業事件についての最高裁判所及びその原審である東京高等裁判所の各判決を引用しているが、本件の場合に妥当するものとは言い難い。

キ 一審被告は、わが国の造船、自動車等の大手製造業の多くにおいては、一審被告と同様の始終業基準を規定しており、実態としても一審被告と同様に労使間の私的自治の分野として始終業管理を行っており、一審被告の始終業管理は、わが国の労働慣行ともなっているものであって、合理的なものであるとも主張する。確かに、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九四号証の一ないし四、第九五号証、第九六、第九七号証の各一、二、第九八ないし第一一二号証、第一一三号証の一、二、第一一四ないし第一一九号証によれば、わが国の造船、自動車等の大手製造業の多くにおいて一審被告の主張に副う始終業基準を規定していることが認められる。しかしながら、一審原告らが行った作業服への更衣、安全衛生保護具等の装着は、前記のとおり使用者による装着の義務付けやこれを懈怠した場合の不利益を伴っており、労働基準法上の労働時間に含まれると解すべきであるから、労使間の私的自治で解決されるべき問題ではない。従って、一審被告の右主張は採用できない。

(3) 更衣所ないし控所から準備体操場までの歩行について

ア 前記(2)のとおり、原告らは、作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着を更衣所等で行うこととされているので、事の性質上当然に右更衣所で更衣等をした後実作業に就くべく所定の準備体操場まで到達するための歩行も、本来の作業に不可欠の準備行為で、使用者の指揮監督下における労務の提供といえるから、右歩行に要した時間も同様に労働基準法上の労働時間というべきである。

イ 被告は、更衣所から準備体操場までの歩行については、その間使用者から何時就労の要求があるかもしれない状態にはないので使用者が労働力を占有しているとはいえず、また仮にその歩行に要する時間が労働基準法上の労働時間だとすると、それ以前の自宅からの通勤に要する時間も同様に全て労働基準法上の労働時間ということになって不都合であると主張する。

しかし、更衣所から準備体操場までの歩行している間に使用者から就労の要求がないのは、就業規則によってその歩行を所定労働時間内から除外して自由時間に行わせている結果であり、仮にこれに要する時間を労働基準法上の労働時間と認めて所定労働時間内に行わせるならば、その間何時でも本来の作業に就かせることは可能である。なお、占有概念を用いた見解を当裁判所が採用しないことは前記のとおりである。

また労務の提供と認められる作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着後の歩行は、更衣、装着を更衣所等で行うこととされているために要する歩行であって、自宅から更衣所までの歩行に比べて本来の作業との関連性が密であり、両者を同様に論ずることは相当ではない。

従って、被告の右主張は採用できない。

(4) 造船現場作業者の副資材や消耗品等の受出について

前記三2で認定したとおり、原告らのうち、造船現場作業に従事していた者は所定労働時間外に材料庫等から副資材や消耗品等の受出をして現場作業場に赴いていたが、この受出は本来の作業に密接に関連しているものであるうえ(これは前記二2で認定した就業規則における用語の定義の中の実作業のうち、始業付帯作業の冶工具・材料等の段取に該当するものといえる。)、もし、造船現場作業者が準備体操場に赴く前に副資材や消耗品等を受出さないで作業現場週辺の準備体操場に赴き、準備体操後に副資材や消耗品等の受出のために材料庫等に行くことは作業効率上一般には許されないものと推認され、副資材や消耗品等の受出は始業前に義務付けられていたというべきであるから、副資材や消耗品等の受出に要した時間は労働基準法上の労働時間というべきである。

従って、この副資材や消耗品等の受出が労働者の任意のものであるとする証人林耀申の証言はにわかに措信することができない。

なお、以上のことは午後の始業前の副資材や消耗品等の受出についても同様である。

(5) 作業場での散水について

前記三2で認定したとおり、原告らのうち、鋳物関係の作業に従事していた者は始業前に月数回散水をしていたものであるが、これは粉塵がたつのを防止するためであって作業に密着した準備行為といえるうえ、職場における安全配慮として被告がなすべきことであり、散水を上長の指示なく労働者が勝手に行っていたとも考えられず、上長の指揮監督の下に行われていたというべきであるから、この散水に要した時間は労働基準法上の労働時間に該当するということができる。

従って、この散水が上長の指示によって義務付けられていなかったとする証人大野和彦及び同新倉護郎の各証言はにわかに措信することができない。

(二) 午前の終業後及び午後の始業

(1) 原告らが昭和四八年六月当時、休憩時間中である午前の終業時刻後作業場からまたは実施基準線から控所までの歩行、安全衛生保護具等の脱離、手洗を、また午後の始業前に安全衛生保護具等の装着、控所から作業場または体操場までの歩行等をそれぞれ行っていたことは前記三で認定したとおりである。

(2) ところで、労働基準法三四条が規定する休憩時間とは、労働者が労働時間の途中において休息のために完全に労働から解放されることを保障されている時間と解するのが相当であり、休憩時間が労働時間と労働時間との間に存在することに照らせば、使用者は労働者を休憩時間において労働から解放させて自由に行動できる状況に置けばよいことになる。一審原告らは、単に作業場で労働から開放されても、完全な休憩の享受などできず、午前の終業ないし休憩時間の開始とは、労働者が喫食を含む昼休みの自由利用のため必要最小限の安全衛生保護具等を脱離・保管し、手洗を所定の場所で完了した時点であると主張するが、労働者は、休憩時間を自由に利用できるのであるから、労働から開放された場所が喫食を含む休憩に適当でなければ、自らの判断で適宜な場所に移動し、適宜な状態でその時間を有効に利用すれば足りるのである。

そうすると、使用者は、原告らが主張するように午前の終業時刻と同時に食堂等で労働者が喫食できる状態にする義務はなく、原則として午前の終業時に労働者を作業場において実作業から解放すれば足りるというべきであり、また午後の始業時には使用者は労働者に対し作業場において実作業を求めることができ、労働者もそれに応じて行動することが必要で安全衛生保護具等の着脱は各労働者の選択でその負担によりなすべきである。

従って、原告らがなした休憩時間中の右歩行、安全衛生保護具等の着脱、手洗等はいずれも被告の指揮監督下になされた労務の提供ということはできず、右行為に要した時間は労働基準法上の労働時間に該当しないというべきである。

なお、被告会社長崎造船所においては、造船現場作業者について作業場から控所へ向かう途中に実施基準線を設け、午前の終業時刻にその線を通過することを認めて他の作業者との均衡を図っているが、仮に午前の終業時刻を作業場で迎え、実施基準線に至っていなかったとしても、作業場で実作業から解放されるならば、作業場から実施基準線に至る歩行は被告の指揮監督下における労務の提供ということはできず、右歩行に要する時間も労働基準法上の労働時間に該当しないというべきである。

(3) 以上のことは、残業時における夕食の休憩時間についても同様である。

(三) 午後の終業

(1) 作業服及び安全衛生保護具等の脱離について

本来の作業が終了した後の作業服や安全衛生保護具等の脱離は、実作業のための装着とは異なり、本来の作業の準備行為という性質がないので労務提供性が希薄といえなくもないが、しかし、前記(一)(2)で述べたとおり法令、就業規則または職務命令等によって労働者が労務の提供にあたって義務付けられている作業服へ更衣・安全衛生保護具等の装着が、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間が労働基準法上の労働時間に含まれるのであるから、義務付けられて装着した作業服や安全衛生保護具等の脱離も、その装着と一体として実作業をなすについて不可分の行為と評価されるべきであって、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解するのが相当であり、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。

(2) 作業場から更衣所ないし控所までの歩行について

ア 午後の終業後の作業場から更衣所ないし控所までの歩行は、本来の作業後の行為であって、右作業服及び安全衛生保護具等の脱離と同様に本来の作業の準備行為という性質はないが、右作業服及び安全衛生保護具等の脱離が使用者の指揮監督下における労務の提供と解される以上、前記(一)(2)のとおり原告らが義務付けられて装着した右作業服及び安全衛生保護具等の脱離を作業場から離れた所定の更衣所等で行うこととされているので、その作業場から更衣所等までの歩行も同様に使用者の指揮監督下における労務の提供と解するのが相当であり、従って、その歩行に要する時間は労働基準法上の労働時間に該当するというべきである。

イ 被告は、午後の終業後の歩行については、所定労働時間外にあって使用者から何時就労の要求があるかも知れない状態にはなく、労働者は午後の終業後においては作業場を直ちに離れようが、暫く作業場に留まってから離れようが、或いは私用や組合活動を行った後に更衣所等に向かおうが自由であるので、その歩行時間は労働基準法上の労働時間には含まれないと主張する。

しかし、その歩行が所定労働時間外に行なわれたのは被告会社の就業規則の規定によるものであって、これに要する合理的時間を労働基準法上の労働時間と認めて所定労働時間内に右歩行を行わせれば、なお使用者の指揮監督下の状態にあると言うべきである。また労働基準法上の労働時間は、前記のとおり客観的に定まるもので、労務の提供と目される行為に要する社会通念上合理的と認められる範囲の時間が労働基準法上の労働時間というべきであるから、本来の作業後から更衣所で作業服及び安全衛生保護具等の脱離が終了するまでの間に私的行為が介在したとしても、一連の行為に要した時間から私的行為に要した時間を控除した時間が労働基準法上の労働時間ということになるのであって、私的行為の介在が労働基準法上の労働時間性を失わせるものではないというべきである。

従って、被告の右主張は採用しない。

ウ なお、原告黒田徳一郎、同溜渕信一、同山口信昭、同高比良宏につき、午後から半日ストを行った際午後一時以降食堂から更衣所までの歩行を行っているが、これは作業場から更衣所までの歩行よりも多くの時間を要しているうえ、その経路が異なることを考えると、その後の作業服や安全衛生保護具等の脱離が労働基準法上の労働時間に該当するとしても、右食堂から更衣所までの歩行は労働基準法上の労働時間に該当しないというべきである。

(3) 手洗・洗面・入浴について

作業終了後の洗身については、労働安全衛生規則六二五条が使用者に対し、身体または被服の汚染を伴う業務に関し、洗身等の設備の設置を義務付けているだけで、労働者に洗身入浴させることまでも義務付けるものではなく、また洗身入浴は一般に本来の作業を遂行するうえで密接不可分な行為ともいえないので、洗身入浴をしなければ通勤が著しく困難といった特段の事情がない限り、原則として洗身入浴は使用者の指揮監督下における労務の提供と解されず、これに要する時間は労働基準法上の労働時間には該当しないというべきであり、この理は手洗・洗面についても同様である。

これを本件について見ると、原告らが本来の作業後において手洗・洗面・入浴の行為を行ったことは前記認定のとおりであるが、原告らが行った右洗身につき特にその洗身をしなければ通勤が著しく困難であったという特段の事情は証拠上認められないので、それらに要した時間は労働基準法上の労働時間ということはできない。

(4) 入浴後の着衣について

入浴後の着衣については、着用が義務付けられた作業服から通勤服への更衣であるので労務の提供と解した作業服の脱衣と関連性があるが、通勤服の着用自体は本来の作業と不可分の関係にはないうえ、作業服の脱衣との間に労務の提供といえない入浴等の行為が介在するので、使用者の指揮監督下における労務の提供と解することはできず、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に該当しないというべきである。

(5) 更衣所から元タイム・レコーダーが設置してあった場所ないし退門までの歩行については、労務の提供とは解することのできない前記手洗・洗面・入浴、通勤服への着替えの後の行為で、使用者の指揮監督下にあるともいえないので、右歩行に要した時間は労働基準法上の労働時間に該当しない。

2 以上によると、原告らが昭和四八年六月一日から同月三〇日までに所定労働時間外になした行為のうち、労働基準法上の労働時間に該当するのは、実作業のほか、午前の始業の際の更衣所における作業服への更衣・安定衛生保護具等の装着、その後の更衣所から準備体操場までの歩行、副資材や消耗品等の受出、散水、午後の終業の際の作業場から更衣所までの歩行並びに更衣所等での作業服の脱衣・安全衛生保護具等の脱離に要する時間ということになる。そして、各原告らの具体的な労働基準法上の労働時間の詳細は、別紙五の(1)ないし(24)(26)ないし(28)のとおりである。

なお原告によっては、安全衛生保護具等の脱離と手洗とが不可分に記載されているものがあるところ、手洗に要する時間は僅かであるうえ、本来の作業と使用者の指揮監督下における労務の提供である作業服や安全衛生保護具等の脱離との間に介在するものであるので、これに要した時間も労働基準法上の労働時間として扱うものとした。

3 そうすると、前記認定のとおり被告会社の就業規則では一日の所定労働時間を八時間とし、労働基準法上の労働時間に該当する右諸行為を所定労働時間外になすべきものとして実作業から除外する旨定めているところ、その諸行為に要する時間を就業規則で一日の所定労働時間から除外すると、原告らの労働時間は労働基準法三二条一項の規定する一日八時間の制限を超過することになるから、右諸行為を実作業から除外する旨の就業規則の定めは労働基準法に違反し、無効というべきである。

4 ところで、前掲乙第五号証、第六四号証の四、第八八号証によると、就業規則及び賃金規則では、従業員が一か月の所定労働日における所定労働時間実作業に従事することによって、一か月分の賃金全額が支給されることが認められる。また従業員が所定労働時間外、所定休日、深夜にそれぞれ労働した場合には右規則に基づき一定の割合(超過労働には三割、休日超過労働には五割、深夜労働には五割五分)の割増賃金が支払われることになっていたことは当事者間に争いがない。そして、右規則は、原告らと被告との間の労働条件を律する法的規範となっていて原告らに対しても適用されるので、原告らは一か月の所定労働日において所定労働時間実作業に従事することによって、一か月分の賃金全額の請求権を得るとともに、所定労働時間外、所定休日、深夜にそれぞれ労働した場合にはさらに一定の割合による割増賃金の請求権を取得することになる。

そして、労働基準法上の労働時間に該当する前記諸行為を、就業規則及び賃金規則において、労働時間として取り扱わないことが許されないことは前記のとおりであり、一審原告らと一審被告との間の労働契約上も労働時間に該当すれば賃金を支払うのは当然のことであって、前記諸行為が、本来の作業の遂行上必要不可欠ないし不可分の行為で、使用者の指揮監督下における労務の提供と解される以上、前記就業規則及び賃金規則の始終業時刻もそれを含む趣旨に合理的に修正されるべきであるから、一審原告らは一審被告に対して結果的に所定労働時間を越えて労働に従事した分について未払賃金の請求ができるものというべきである。

そうすると、被告が原告らに対し支払うべき賃金は、当事者間に争いのない賃金計算方法で計算した別紙六の(1)ないし(24)(26)ないし(28)のとおりである。

五 次に、原告らは、被告会社の昭和四八年四月一日付及び同年六月一日付の各変更にかかる就業規則が、従前の労使慣行または労働契約により所定労働時間内の行為としていた始終業時における作業服や安全衛生保護具等の着脱、手洗、洗面、入浴、始業時における入門から元タイム・レコーダーが設置してあった場所を通り更衣所を経て準備体操場までの歩行、終業時の作業場または実施基準線から退門までの歩行、休憩時間における喫食前の安全衛生保護具等の脱離、手洗、午後の始業時の安全衛生保護具等の装着を、所定労働時間外になすべきものと規定したのは、労働条件の一方的不利益変更として無効であると主張し、右就業規則変更前においては右諸行為に対し労働契約に基づき賃金を支払っていたから、変更後においてなされた同行為に対しても賃金請求権が発生したとして同賃金の支払を請求しているので、以下判断する。

1 まず就業規則変更前において原告ら被告会社長崎造船所の労働者が右諸行為を所定労働時間内に行うものとして労使双方に対し法的拘束力を有する労使慣行ないし労働契約があったか否かについて検討する。

(一) 労使慣行が法的拘束力を持つためには、それが法例二条の慣習法または民法九二条の事実たる慣習になっていることが必要であると解されるところ、慣習法は社会の法的確信または法的認識によって支持される程度に達したものをいうのであって、本件のように一企業の一事業所における慣行について慣習法の成立する余地はないので、本件においては事実たる慣習の存否だけが問題となる。

事実たる慣習が成立するための要件としては、同種の行為または事実が長期間反復継続して行われていたこと(いわゆる「慣行的事実」)、その行為ないし事実が多数の当事者間において行われ或いは存在していたこと(「普遍性」)、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有し、或いはその取扱いにつき一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたこと(「規範意識の存在」)が必要というべきである。

(二) そこで、本件においてこれを見るに、

(1)  原本の存在及び成立に争いのない甲第三一四、第三一五号証の各一、二、第三一六号証、第三一七号証の一、二、第三一八ないし第三二八号証、第三二九号証の一ないし四、第三三〇号証、証人苑田敬助、同池田徳義、同田川邦洋、同亀山豊、同伊東一、同片山進、同林輝申、同田中正二郎、同林英輔、同新倉護郎、同黒木重孝、同大野和彦、同増田信行、同田中昭久、同熊崎亮の各証言及び原告久保田達郎(第一回)、同歳田忠顕、同氏家久博の各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められ、これに反する前掲甲号各証及び原告側証人の証言及び原告らの各供述は後記の理由によりにわかに措信することができない。

ア 午前の始業

被告会社長崎造船所においては、タイム・レコーダーで勤怠把握が行われていた昭和四八年五月末までは、労働者は最寄の通用門ないし社船の桟橋より入場してタイム・レコーダーの設置場所で打刻した後、更衣所に赴いて通勤服から作業服に更衣したうえ、安全衛生保護具等を装着していたが、タイム・レコーダーを始業時刻の午前八時までに打刻すれば賃金のカットを含め遅刻としての不利益な扱いを受けることはなかった。

造機部門(特殊機械部、第一工作部、企画部等)においては、作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着後、昭和四五年末までは午前七時五五分から、また昭和四六年一月以降は午前八時からそれぞれ作業場周辺で準備体操が行われていたところ、一部の労働者は準備体操に参加しないか或いは遅れて参加していたものの、大半の労働者は開始から準備体操に参加していた。

造船部門(艤装工作部、船殻工作部等)においては、作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着後、昭和四五年末までは午前七時五五分から、また昭和四六年一月以降は午前八時からそれぞれ各自の控所またはその周辺で準備体操を行っていたところ、一部の労働者は準備体操に参加していなかったものの、大半の労働者は開始から参加していた。そして、隔週週休二日制が実施された昭和四七年一月からは準備体操場が控所またはその周辺から作業現場近くに移転され、控所前からバスで作業場に向かう場合を除いて、大半の労働者は午前八時の準備体操に間に合うように控所を離れていた。

イ 午前の終業

造機部門においては、一部の労働者が正午よりも以前に現場を離れて食堂に向かうということがあったが、大半の労働者は正午よりも前に実作業を止めても簡単な跡片付けをして正午まで作業場に止まり、その後作業場を離れていた。

造船部門においては、一部の労働者が正午よりも前に控所に到着するということもあったが、大半の労働者は昭和四六年末までは正午以降に控所に到着するように作業場である船を下船していた(例えば、向島岸壁における作業では午前一一時五五分に下船を開始していた。)。また昭和四七年一月以降は作業場と控所との間に実施基準線(その位置は前記三1のとおり。)を設け、正午以降にその線を通過して控所に向かうということになり、大半の労働者はこれに従っていた。

ウ 午後の始業

造機部門においては、大半の労働者が午後零時五五分の予鈴のサイレンで遊戯等を止めて作業場に向かい、午後一時から実作業を開始していた。

造船部門においては、昭和四六年末までは午後一時から控所またはその周辺で準備体操をして作業場に向かっていたが、昭和四七年一月以降は前記のとおり準備体操場が作業場付近に移転されたので、午後一時の準備体操に間に合うように遊戯を止めて準備体操場に向かっていた。

エ 午後の終業

造機部門においては、隔週週休二日制が実施される直前の昭和四六年当時、一部の労働者が終業時刻以前に作業場を離れて控所に向かっていたが、大半の労働者は終業時刻五分ないし一〇分前に実作業を止めて跡片付けをし、終業時刻以後に作業場を離れて控所に向かい、控所等で手洗・洗面、作業服の脱衣、安全衛生保護具等の脱離、入浴、通勤服の着衣等の行為を行ってタイム・レコーダーを打刻して出門していた。

造船部門においては、一部の労働者を除いて、大半の労働者が昭和四六年末までは、まず作業場で粗洗いをし、帳簿等の記入をした後、終業時刻以後に控所に到着するように下船を開始し、また昭和四七年一月以降は粗洗い等をした後、前記のとおり実施基準線を終業時刻以後に通過して控所に向かっていた。そして、控所においては、手洗、洗面、作業服の脱衣、安全衛生保護具等の脱離、入浴、通勤服の着衣等の行為を行った後タイム・レコーダーを打刻して出門していた。

なお、タイム・レコーダーで勤怠把握が行われていた時は、終業時刻以後に打刻すれば早退として不利益な扱いを受けることはなかったが、ほとんどの労働者が終業時刻後一〇分以後に打刻していた。

(2) 原告らのタイム・カードを撮影した写真であることに争いのない甲第三一号証の一の一、二、同号証の二ないし四、第三二号証の一ないし三、第三三号証の一ないし一九、二一ないし三一、第三四号証、第一〇六号証の一、二によると、昭和四六年五月から同四八年五月までの間において、原告らの一部には始業時刻の午前八時直前にタイム・カードに打刻している者もいるが、作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着をなすに十分な余裕をもってタイム・カードに打刻している者も存在するし、また午後の終業時についても、原告らの一部には終業時刻直後にタイム・カードを打刻している者もいるが、多くの原告らは終業時刻後一〇分以後に打刻していることが認められるところ、それによると、原告らの大半が始業時刻直前にタイム・カードに打刻し、或いは終業時刻直後にタイム・カードに打刻していたということはできないし、ましてや原告ら以外の労働者の大半が始業時刻直前にタイム・カードに打刻し、或いは終業時刻直後にタイム・カードに打刻していたということもできない。

(3) また原告氏家久博本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四八号証、原告久保田達郎(第一回)及び同氏家久博各本人尋問の結果によると、原告らの一部には昭和四八年五月末までの間、毎日ではないが、始業時刻の午前八時直前までビラ配りやスピーカー放送による教宣活動や組合役員の選挙運動を行っていて、準備体操に遅れるか或いは参加しなかった者がおり、また昼の休憩時間や終業後にも同様の労働組合活動をする者がいたことが認められるところ、教宣活動や選挙運動等の労働組合活動が毎日行われていたわけではないうえ、その活動をしていたものは一部の労働者というべきであり、また労働者の大半がそのビラを受取り或いはスピーカー放送を聞くなどしていたものでもない。

(4) 浴場入口の掲示板を撮影した写真であることに争いのない甲第三七号証、甲第三八号証の一、二並びに原告久保田達郎本人尋問の結果(第一回)によると、昭和四八年五月三一日当時第一鋳造課の浴場入口には「協力工の人は浴場が混雑するので時間前の入場は御遠慮下さい」等の記載のある掲示板が掲げてあり、また動力課の浴場入口には「開場・残業日一七時五〇分・定時日一五時五〇分」と記載した掲示板が掲げてあったことが認められるが、それによると、一部の労働者が終業時刻以前に作業場を離れて入浴をしていたといえても、大半の労働者が終業時刻以前に入浴をしていたとまではいえないというべきである。

(5) なお、前記二1で認定したとおり、労働組合からの総ざらい要求等に関する長崎造船所における昭和三五年七月二一日の場所団体交渉において、被告会社は、社船発船を二〇分にされたいという要求に関し、労働者の作業止め状況の調査結果を報告している(前掲甲第六四号証)が、それによると、八〇パーセントの労働者が作業を止めていた時刻は、船殻工作部の船台では一二分前、内業では一〇分前、艤装工作部の船台では一六分前、艤装船では一三分前、内業では六分前、造機工作部では三分前であったこと、また二〇分以上前に作業を止めていた労働者の労働者全員に対する割合は船殻工作部の船台では二四パーセント、内業では二二パーセント、艤装工作部の船台では五八パーセント、艤装船では三八パーセント、内業では二四パーセント、造機工作部では四パーセントであったことが認められる。この報告によると、確かに昭和三五年当時船殻工作部及び艤装工作部においては大半の労働者が一〇分以上も前に作業を止めていたものであるが、作業を止めた後すぐに大半の労働者が作業場を離れていたか否か不明であるうえ、仮に作業場を離れていたとしても、前記二1で認定したとおり、その後の社船発船時間をめぐる労使間の協議で被告会社から組合に対し組合員の時間励行が期待されたこともあって、その後作業止め時間が遅くなったことが十分考えられるし、また造機工作部については大半の労働者が終業時刻間近まで作業をしていたということができる。

(6) 以上の諸事情に、前記二1で認定した始終業管理に関する労使間の交渉状況を併せ考慮すると、多数の労働者が長期間にわたり始終業時における作業服や安全衛生保護具等の着脱、手洗、洗面、入浴、始業時における入門から元タイム・レコーダーが設置してあった場所を通り更衣所を経て準備体操場までの歩行、終業時の作業場または実施基準線から退門までの歩行、休憩時間における喫食前の安全衛生保護具等の脱離、手洗、午後の始業時の安全衛生保護具等の装着などの諸行為を反復継続して所定労働時間内に行っていたと認めることはできないので、右諸行為を所定労働時間内に行う労使慣行ないし労働契約があったということはできない。

従って、右諸行為を所定労働時間内に行うのが慣行的事実ないし労使慣行であった旨の原告ら申請の証人の証言や原告らの供述、並びに証人西村卓司の証言により真正に成立したものと認められる甲第六五ないし第七一号証の報告書(所定労働時間内の入浴の労使慣行の存在を報告したもの)の内容はにわかに措信することができない。また労働組合の新聞等(例えば、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三号証、第四六号証等)においても、右諸行為を所定労働時間内に行うのが労使慣行である旨の記載があるが、これは労働組合の主張に過ぎず、その労使慣行の存在を立証する証拠としては不十分というべきである。

(7) なお、被告は、被告会社長崎造船所においては「時間から時間まで働く」のが慣行であったと主張するが、以上述べた事情に照らすと、その主張もまた認めることはできない。むしろ、始終業管理については、昭和四六年末まではその当時の労使間の力関係や経済動向等の影響を受けて弾力的に運用されてきたものであり、労使間を法的に拘束するような一義的な基準等は存在しなかったのである。

2 右のとおり原告らが主張する諸行為を所定労働時間内に行うものとする法的拘束力を有する労使慣行ないし労働契約は存在しないとしても、なお被告の昭和四八年四月一日及び同年六月一日における就業規則の変更によって、タイム・レコーダーが存在した当時には遅刻ないし早退とならなかった場合でも遅刻早退となって不利益な処分を受ける可能性があるなど、原告ら被告会社長崎造船所の労働者は厳格な始終業基準の適用を受けるようになったのであるから、その限度では原告らの労働条件に変更をもたらしたことは否定できず、その変更が原告らにとって不利益な変更に該当するか否かについて検討する。

(一) 本件においては、就業規則の変更が労働時間短縮としての完全週休二日制の導入というそれ自体利益な部分が伴っているところ、不利益な変更か否かの判断方法としては、原告らが不利益な変更であると主張してその効力を問題としている部分だけを取り出してその判断をし、その後において利益の部分を不利益変更の代償として、合理性判断の際の一要素として考慮するという考え方もあるが、むしろ前記二2のとおり被告会社においては、始終業基準の導入や勤怠把握方法の変更等を完全週休二日制実施に伴う諸対策として両者が不可分一体の関係にあると理解して就業規則を変更しているので、この場合一体と見られる変更の全体について、それが不利益か否かを判断し、それが不利益と認められるときは、その全体について合理性があるか否かについて判断するのが相当である。

(二) これを本件について見ると、前記認定のとおり昭和四六年末までの労働時間が一週四二時間(一日七時間労働の一週六日間の労働)であったものが、完全週休二日制実施により一週四〇時間(一日八時間労働の一週五日間の労働)に短縮されたうえ、所定時間内賃金は据え置かれたので時間当たりの賃金は実質的に上昇したということができ、本件完全週休二日制の実施自体は被告会社長崎造船所における労働者に対し利益をもたらしているといえる。

他方、被告会社は完全週休二日制実施に伴う諸対策として始終業基準の導入や勤怠把握方法の変更を行った結果、タイム・レコーダーで勤怠把握を行っていた当時においては始業時刻までにタイム・レコーダーを打刻しておれば遅刻とならず、また終業時刻以降にタイム・レコーダーを打刻すれば早退ともならなかったうえ、そのようにタイム・レコーダーを打刻しておれば所定労働時間を稼働したものとして所定時間内賃金が支払われていた場合でも、変更以後は遅刻ないし早退となって賃金のカットなどの不利益な処分を受ける可能性があるなど、厳格な始終業基準及び勤怠把握基準の適用を受けるといった原告ら労働者にとって不利益な面も存在する。しかし、その不利益について考えるに、前記のとおり大半の労働者は始業時刻には準備体操を開始し、或いは終業時刻になって作業場を離れていたのであって、始業時刻直前にタイム・レコーダーを打刻し、或いは終業時刻直後にタイム・レコーダーを打刻していたのは一部の労働者にすぎず、実質的に労働時間が延長されたとまではいえないというべきである。また始業時刻までにタイム・レコーダーを打刻し、終業時刻以降にタイム・レコーダーを打刻すれば、その間に労務の提供といえない手洗、洗面、入浴等を行っていたとしても、所定時間内賃金が支払われていたのは、それらの行為に対して賃金を支払うという労働契約が存在したからではなく、勤怠把握の方法として労務の提供時期と勤怠把握基準時との齟齬が生ずるタイム・レコーダーを利用した結果であって、右のような労務の提供といえない行為が存在しても事実上賃金がカットされなかったに過ぎず、本来労働者が賃金を請求できるものではなかったのであるから、本来労務の提供といえない行為を所定労働時間外に行って賃金の請求ができないのは当然のことである。そして、被告会社が完全週休二日制実施に伴って新たに就業規則に始終業基準を導入し、或いは勤怠把握基準等を変更したのは、所定労働時間を短縮するのを機会にそれまで必ずしも一様でなかった始終業基準を明確にして統一的かつ画一的な取り扱いができるようにし、また始業時刻から終業時刻まで完全に労務の提供を得るため勤怠把握基準及びその方法を変更したもので、前記四のとおり労働基準法に違反する部分を除くと、その就業規則の変更にはその必要性や合理性が存在するといえる。

従って、右の事情を総合すると、本件就業規則の変更については、労働基準法に違反する部分を除くと、完全週休二日制実施によってもたらされる利益のほうが始終業基準の導入及び勤怠把握基準やその方法の変更によって労働者が被る不利益な程度を上回っているといえるので、全体として本件就業規則の変更は原告らにとって不利益な変更ということはできない。仮に右変更が不利益な変更であるとしても、労働条件が定型的に定められた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものである限り、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている(民法九二条)ものということができるので、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるものというべきであり、新たな就業規則の作成または変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として、許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである(以上、最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)ところ、変更された本件就業規則は、前記のとおり、労働基準法に違反する部分を除いて、変更の必要性と合理性があるから、原告らと被告との間の労使関係においてその法的規範性を是認することができる。

(三) よって、変更された就業規則は、労働基準法違反の部分を除いて、原告らに対してもその効力が及ぶものというべきである。

3 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの就業規則の変更が一方的不利益変更として無効であるとの主張及びそれを前提とする賃金支払の請求は理由がない。

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